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ジルベール-10
「あ、ジル先輩ですか? 今、新横浜の駅ですよ。待合室にいます。…はい、青いベンチの」
夏休みに入ってすぐ、ジル先輩から“京都の実家に遊びにおいで”と誘われたので、八月一日から一週間泊まることになった。
俺は実家から。ジル先輩はずっと寮にいて課題をすませてから、なので寮から直接来るそうだ。新横浜で待ち合わせして、新幹線で京都まで。駅に迎えが来るから、車で嵯峨って所まで行くんだ。
新幹線で食べられるよう、お菓子を作ってきたんだけど、セロファンに包んで紙コップに入れて、保冷剤といっしょにしたから大丈夫かな。
通話を切って、ふと辺りを見回す。待合室に入ったときは空いていたけど、だんだん混雑してきた。大きい荷物の女性がいたので立ち上がる。“座ってください”と声をかけたいけど、ナンパや不審者に思われたらなあ…と、ためらわれる。
「ボンジュー! アラタ!」
横からいきなり、ジル先輩に抱きしめられた。柔らかい金髪が頬をくすぐり、バラの香りがした。
「おはようございます、ジル先輩」
ジル先輩はスッと右手を椅子に差し出し、立っている女性に天使の笑みを向けた。
「こちらにどうぞ、マドモアゼル」
「ありがとうございます」
女性はにこやかにお礼を言って、席に座る。さすが、ジル先輩は天使なだけじゃなくて紳士だ。ああいうカッコいい振る舞いを、俺もできるようになりたい。
「さ、少し早いけどホームまで行こうか」
ジル先輩が、俺のボストンバッグを持ち上げた。
「あれ? ジル先輩は荷物それだけでいいんですか?」
見ると、ジル先輩は小さなセカンドバッグだけを持っている。
「うん、財布や携帯、ハンカチにティッシュだけ。服や日用品は実家にもあるんだ。寮の荷物はそのままだよ。制服はクリーニングに出したから、後で受け取ればいいし」
なるほど、さすがセレブは違うな。俺もアメニティの類はいらないと言われたから、荷物は着替えぐらいなんだけど。
「でも、大きな荷物を持ってもらうのは悪いから、どうせならこっちを持ってくださいよ」
と、お菓子の小さな紙袋を渡した。
「なあに、これ? アラタ手作りのお菓子?」
「後で、新幹線に乗ってからのお楽しみですよ」
博多行きののぞみが来た。指定席に着くと、早速ジル先輩は紙袋を開けた。
「トレビヤン! 小さなクロカン・ブッシュだね!」
前日にプチシューを作っておいて、今朝早くにキャラメルソースをかけながら六個積んだ。トッピングには、粉砂糖とラズベリーにブルーベリー。ジル先輩に写真撮影された後は、外の景色を眺めながらクロカン・ブッシュを食べた。
「ねえ、アラタ知ってる?」
「何を…ですか?」
ブルーベリーをポイッと口に入れ、ジル先輩がにっこり笑う。
「クロカン・ブッシュって、ウェディングケーキなんだよ」
ウェディングケーキ、と聞いてなんとなく照れてしまった。そんな意味があったとは…。ジル先輩に、変に思われないかな。
「花嫁と花婿が一つずつ割りながら、列席者にプレゼントするんだ」
「へえ~…、それは知りませんでした」
高く積み上げたら、クリスマスツリーみたいになるから、クリスマスに一度作ったことはあるんだけど。
「僕の結婚式には、アラタにクロカン・ブッシュを作ってもらいたいな」
ジル先輩が結婚式のときには、どんな人が隣にいるんだろう…。そう思ったら、俺は素直に祝福できるのか、なんてことを考えてしまった。
祝福するべきなんだ。当たり前じゃないか。そう言いきかせても、俺の胸の痛みは消えない。
俺は、ジル先輩が好きだ――
そんな痛みを隠して、ジル先輩と京都に着くまで雑談していた。
京都駅に着いた。大きなビルにデパート、京都タワー。人だらけで、バス停には行列ができている。外人さんも多い。京都といえば、お寺や神社があって舞妓さんがいるイメージだけど、普通に都会だった。
「駅の周辺はこんな感じだけどね、嵯峨は少し違うよ。趣があるっていうのかな。パパやママンはそこが気に入って、京都に家を建てたんだ」
迎えに来たのはなんと、真っ白なリムジン。
暑いのに、スーツ姿の初老の男性が立って待っていた。
「お帰りなさいませ、ジルベール様」
と、お辞儀をする。
「遠野新太様ですね。お伺いしております。私、マルソー家で執事をしております、井手 と申します、よろしくお願いいたします」
「あ、こちらこそ、よろしくお願いします。お世話になります」
井手さんがドアを開けてくれた。ジル先輩に促され、中に入ってびっくりした。靴を脱ぐ所があって、座席部分の足元は畳調、竹と和紙でできた照明。まるで和室だ。
「両親が大の日本好きでね、二人ともフランス出身で向こうにパパの会社の本社もあるんだ。フランス、ドイツ、イタリア、アメリカ、オーストラリア、イギリスに支社と家を建てた後、日本にも進出して。京都を気に入ってさ、今では日本が拠点だよ」
ジル先輩が生まれたのは京都らしい。だから日本国籍を持つフランス人なんだ。
「ご両親は今、京都の家にいらっしゃるんですか?」
「ううん、アメリカでパーティーがあってね、二人でニューヨークにいるよ。明後日には帰るけど」
お兄さんが一人いて、すでに大学を卒業してフランスの本社で働いているそうだ。
「もしかして…ジル先輩も、卒業したらフランスに行っちゃうんですか?」
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