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ジルベール-12
夕食後、ジル先輩と桂川沿いを歩いた。ジル先輩も俺も甚平だ。俺は背も高くなくて痩せているから、あんまり様にならない。いかにも借り物って感じだ。ジル先輩は背が高くて、その分肩幅もそこそこあるから、痩せ気味でもかっこいい。金髪なのに和装も似合う。
真夏の夜は暑くて、うちわでいくら扇いでも生暖かい風しか来ない。川沿いだから、なんとなく涼しげな気はするけど。
「あ、ジル先輩! 明かりのついた舟がありますよ」
「あれは舟遊びだね。舟の上で食事ができるんだよ。あっちのお店は川床といって、あの川に突き出した部分で川の景色を眺めながらの食事を楽しむんだよ」
いい景色! さすが京都だな。どんなに蒸し暑くても、水の流れる音は涼しげな雰囲気を漂わせる。
「ねえ、アラタ」
生暖かいうちわの風に、ジル先輩の金髪がなびく。
「京都に住んでみたいって思う?」
京都は中学校の修学旅行で来たので、二度目だ。あのころはお寺や神社なんてただ退屈だと思ったけど、好きな人といっしょならどこでも嬉しい。
「ジル先輩がいる町なら、住んでみたいです」
ハッ! 俺、何言ってんだ?! 今、めちゃくちゃ恥ずかしいこと言わなかったか?!
また、ふわりと金髪がなびいた。ジル先輩がこっちを振り向いた。
「じゃあ、アラタがここにいる間、あちこち観光して回ろうよ。保津川下りや映画村、新京極、マンガミュージアムに――そうだ、京都タワーにも上らないとね」
ジル先輩は指を折りながら観光名所を次々に挙げる。本当に京都が好きなんだな。京都の街を誇りに思ってるんだ。こんなに楽しそうに京都のことを話すなんて。
部屋に戻り、布団を並べてジル先輩と寝っ転がって話をしていた。修学旅行ならいつまでも寝つけないけど、クーラーのきいた部屋で布団にうつぶせになっていると、心地よくていつの間にか眠ってしまいそうだ。眠るなんてもったいない。こんなに近くにジル先輩がいるから、もっと顔を見ていたいし声を聴いていたい。
「アラタ、あの話の続きなんだけど」
「あの話…って何ですか?」
ドキッとした。まさか、“好きな人”の話の続きとか…。
「僕が卒業してからの話」
少しだけホッとした。でも、ジル先輩と離れ離れになってしまう話。考えたくはないのに、現実としてやって来てしまう。胸が痛い…。
「僕ね、大学を出たらしばらくの間、うちの会社の日本支社に勤めるけど、子会社を作りたいんだ」
「どんな会社にするんですか?」
「外国のお菓子を輸入したいんだ。世界中にはいろんなお菓子があって、まだ日本に浸透してない物もたくさんある。それを広めたいんだ」
日本ほど、外国の食べ物が多く入ってくる国は無いだろう。それでもまだ、未知の食べ物があるかもしれない。
「でね、僕がその会社を作ったら、アラタに秘書になってほしい」
「俺が?」
「そう!」
ジル先輩が肘枕で、俺の方に体を向けた。
「アラタに世界中のお菓子のことや、経済学とかを勉強してもらって、僕のビジネスパートナーになってほしいんだ」
どうかな? と青い瞳をキラキラさせて俺を見る。そんな目をされたら、断れない。もとより、ジル先輩のそばにいられるなら、何だって嬉しい。
「はい! ぜひやらせてください!」
それからは、二人で将来の話になる。会社は京都市内。輸入だけでなく、和菓子を中心に輸出もするそうだ。オフィスの広さやレイアウトをどうするだの、夢みたいなこと(夢だけど)をいっぱい決めた。
「社員食堂は、アラタプロデュースのデザートが充実してるんだ」
ジル先輩、楽しそう。俺も、そんな会社に就職してみたい。
でも、その会社ができるころには、ジル先輩は結婚するかもしれない。俺は祝わないといけない立場なんだ。もしかしたらジル先輩にウェディングケーキを――クロカン・ブッシュを作って、と頼まれるかもしれない。俺は笑って、それに応えないといけないんだ。泣いちゃ駄目なんだ…。
「アラタ? どうしたの?」
「えっ?」
ジル先輩の手が伸びてきた。白くて長い指が、スッと目の下を撫でる。
そこで気づいた。俺は泣いていた。
「うっ…」
「もう眠いの? そろそろ寝ようか」
眠くてあくびして涙が出たと思われたみたい。ジル先輩がいつか誰かと結婚して、俺がフラレる将来を悲観した涙なんて、バレなくてよかった…。
「おやすみなさい、ジル先輩」
「アラタ、いい夢を」
目元をゴシゴシして涙を拭いても、眠くてそうしてるだけに見えるから助かった。
そして明かりが消えた暗い和室の中、もう一筋流れた涙もジル先輩には見えない。
俺は失恋という事実を突きつけられるために、就職するんだろうか。明るい未来のはずが、苦しい試練になりそうな気がした。
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