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ジルベール-13
朝ご飯はてっきり和食かなと思いきや、フレンチトーストにサラダ、フルーツ、冷たいカフェオレという洋食だった。これを立派な掛け軸や大きな壺が飾られた広い和室の、大きな座卓で食べる。
「だいたい和食が多いけど、うちはフランス人だからフランス料理も出るんだ」
今夜はステーキが出るらしい。なんだか楽しみだ。
「フレンチトースト、凄くおいしいです。俺が作ったのとは大違い」
「アラタのもおいしかったよ。イチゴ入りでさ。また、食べてみたいな」
ジル先輩が、初めてリクエストしてくれたイチゴのスイーツ。あの日から何回、生徒会にお菓子を作っただろう。あと何回、ジル先輩や榊会長、魁副会長にお菓子を作れるだろう。卒業まであと七ヵ月あるけど、あっという間なんだろうな…。
朝食の後、電車に乗って八坂神社まで来た。ジル先輩によると、「京都らしい神社と買い物と漫画が、一日で楽しめるよ」とのことだ。
暑いのに外国人観光客が多い。着物を着た人も多い。日本人の着物カップルもいるなと思えば、話し声を聞いているとどうやら外国人のようだった。ジル先輩によると、着物をレンタルできる所があるようだ。
大きな鳥居をくぐると、中は広い。建物もいっぱいある。
「ここにはたくさんの神様がいるけど、まずは縁結びの神様の所に行ってみようか」
可愛いうさぎの置物がずらりと奉納されている場所には、たくさんの絵馬も吊るされている。みんな誰かを好きなんだ。好きな人といっしょになりたくて、願いをこめて絵馬を書いたんだろうな。
きっと俺も一人で来ていたら、絵馬に願い事を託しただろう。“ジル先輩と両想いになれますように”って。
もしも――ジル先輩が願いを書くとしたら? 誰の名前を書くんだろう?
「うさぎ、可愛いね」
屈託のない笑顔でそう言うジル先輩に、俺は
「そうですね」
と、つくり笑顔で答えることしかできない。
「かなり暑いでしょ。影に入ろうか?」
いきなりそう言ったのは、きっと俺のつくり笑顔がバレたからだろう。たぶん、元気がないように見えたんだ。
「は、はい。暑さで参っちゃいますね」
真夏の日差しは、広い神社内を容赦なく照りつける。
提灯がいっぱいぶら下がった舞殿と大きな本殿の間を歩いているとき“Execuse me?”と声をかけられた。
後ろを振り向くと、外国人の男女がいた。ジル先輩に英語で何か話している。
「Ok,」
ジル先輩は外国人の男性からカメラを受け取った。デジカメじゃない、一眼レフのカメラだ。ということは、シャッターを押してくれってことかな。ジル先輩が何やら聞いている。カメラの使い方かな?
「Say,cheese!」
カメラを構えると、男女は肩を組んで笑顔を見せる。ジル先輩がシャッターを押し、カメラを返した。
お礼を言う二人に、ジル先輩は“どういたしまして”と答える。俺がわかる英語は、そのぐらいだった。
「ジル先輩、英語もできるんですね」
「うん、生まれは日本だけど、少しの間アメリカにいたこともあるし、祖父母がイングランドに住んでるからね。あ、家ではフランス語だよ」
なんと、ジル先輩はトリリンガルだ。頭の中、どうなってるんだろう…。
「そういえば、ジル先輩って全然京都弁じゃないですね」
「そんなこと、おまへん」
いきなりの京都弁でびっくりした。自然で流れるような言葉の響きがきれいだ。ジル先輩がいたずらっぽくクスクス笑う。
「日本の学校に通うから、両親と家庭教師から標準語で日本語を教わったんだ。だから標準語がしゃべりやすいけど、学校や周囲から京都弁を聞かされるからね。一応、京都弁も話せるよ」
金髪碧眼で京都弁、初めて聞いた。こうしてジル先輩といっしょにいると、また京都弁を話してもらえるかな。ちょっと色っぽいかも…なんて思った。
「京都弁もきれいだけど、さっきの英語も発音がきれいですね。尊敬しちゃうなー」
「うちの学校は英会話に力を入れてるから、アラタも卒業するころには少しは話せるよ」
中学のころ、アメリカ人の英語の先生が来てた時期もあった。それでも、文法の授業だけで頭がいっぱいで、英語を話せるようにはならなかった。
「そ、そうでしょうか…」
そうだよ、とジル先輩に背中を軽く叩かれた。
「僕の秘書になるんだから、英語とフランス語は覚えてもらわないとね。何だったら、僕が教えてあげる」
後期にはジル先輩も受験勉強がある。大学に入ったら、会える時間も少なくなる。そのうちジル先輩と距離ができてしまうんじゃないか、秘書になるって話はただの夢で終わるんじゃないか、そんな気がしてきた。
でも、今はジル先輩と過ごせる日々を大切にしたい。この京都の景色だって、いっしょに見るのは最初で最後かもしれない。
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