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ジルベール-15

 食事の後、徒歩で十五分ほどかけて国際マンガミュージアムに着いた。――どこからどう見ても学校っぽいんだけど。 「ここはね、昔小学校だったらしいよ。僕の兄が日本のマンガやアニメが大好きでね。昔連れてきてくれてから、ここはお気に入りの場所なんだ」  サングラスをジャケットの胸ポケットに入れ、ジル先輩がチケットを買う。  中に入ると、古い学校独特の匂いがした。ギシギシきしむ廊下。どことなくレトロな感じがする。漫画がずらりと並んだ書架がいっぱいある。 「うわあ、どれから読むか迷いますね」  館内は私語禁止ではないけど、座ってじっと静かに漫画を読んでいる人がいっぱいいる。自然と、声のトーンを落としてしまう。 「気候のいいときなら、校庭の芝生で漫画を読む人もいるけど、今は暑いからさすがにいないね」 「外に漫画を持ち出していいんですか?」 「うん、トイレやカフェなどじゃなければ、どこで読んでもいいんだよ」  いいなあ、俺も近くに住んでいたら、入り浸ってしまうかも。それこそ春や秋の天気のいい日に、芝生で寝っ転がって一日中漫画――憧れてしまうな。  いろいろな物が展示されている部屋もある。漫画家の石膏の手型なんてのもあった。 「アラタ、ちょうど紙芝居が始まるよ」  昭和レトロな内装の部屋には、たくさんの椅子がある。正面には、これまた古そうな絵柄とタイトルの紙芝居が立てられてある。  拍子木が鳴り、紙芝居の始まり始まり~。  紙芝居師さんのよく通る声、悪役は迫力があり、高らかな笑い声がビンビン響く。ヒーローが追い詰められるシーンでは、ハラハラしてしまう。  ただ読むだけでなく、演技力が凄い。それに、時々お客さんを巻きこんで話を進める。それが紙芝居の魅力なのかな。  ヒーローの大活躍を楽しんだ後は、メインギャラリーへ。年代別に分けた書架に取り囲まれ、漫画の歴史がわかる展示もある。中には、漫画家のギャラからアシスタント代などの経費を引いた正味の収入なんかの資料もあった。一ページ×枚数×毎週で月四回、それだけ見ると漫画家って大金持ちだなあって思うけど、アシスタント代や光熱費などを引くと、アルバイトでもしていた方がマシな気がする…。そんなのを見ると、友達から漫画を借りたりしたら、その漫画家さんの収入が減っちゃうんだな、なんて罪悪感を覚える…。  ジル先輩を見ると、椅子に座って漫画を読んでいた。過去に来たことがあるから、常設展示は見なくてもいいんだろうな。俺もジル先輩の隣に座り、懐かしい漫画や昔アニメで見た原作を読んでみた。  ふと、ジル先輩は何を読んでいるんだろうと気になり、ちらりと覗いてみると、偶然にも俺が読んでいる漫画だった。ジル先輩は二巻、俺は一巻を読んでいる。  しばらく漫画を読んでいたけど、時刻はもうすぐ六時。閉館時間だ。  マンガミュージアムを出た後は、ジル先輩が家に連絡した。 「井手にリムジンで迎えに来てもらうように頼んだよ。今は帰宅時のラッシュだから、電車は混んでいて大変だよ。車を待つ間、どこかでお茶しよう」  大きな通りに出て、スタンドタイプのカフェで冷たいフルーツティーを頼んだ。テーブルのみで椅子は無いけど、店内は涼しいから充分休憩できる。神社を歩いても通りを歩いても、ジル先輩はきれいでカッコいいから女性の注目を浴びる。けどここではお茶を飲みながら本を読んだり携帯の画面に釘付けの人ばかりで、こちらに目を向ける人はいない。ちょっと安心した。  リンゴや桃、パインの香りが爽やかなお茶を飲みながら、読んだ漫画の感想を話し合っていた。ジル先輩も子供のころ、俺と同じアニメが好きだった。そう、偶然同じものを読んでいた、あの漫画が原作だ。 「あのアニメ、原作を初めて読みましたよ。時間があったら、もっと読みたかったな」 「懐かしいよねー、そういえば劇場版を見に行ったよ」  いつから漫画を読まなくなったんだろう。別に興味が無いわけではないけど、子供のころと違い、漫画やアニメ、ゲーム以外の興味が出てくる。俺の場合、お菓子作りが好きになってからかな。昔はテレビのヒーローが大好きで、両親におもちゃをねだったっけ。そんなことを思い出させてくれる、タイムトリップしそうな空間だった。 「できればまた、いっしょに行きたいね、アラタ」 「はい!」  また、いっしょに行ってみたい。それがいつか、叶う日が来るのか。館内は、子供より大人の方が多かった。大人になっても、ジル先輩が会社を作って俺がジル先輩の秘書になって、そのときにもプライベートの時間にこうして来れるだろうか。できれば、この関係がずっと――いや、俺はそれ以上の関係を望んでるけど。神様は俺とジル先輩、どちらの望みを叶えるだろうか。 「ねえ、アラタ」 「はい?」  パナマ帽のつばで影になっているけど、青い瞳は真っ直ぐと、真剣な表情で俺を見ている。  そんなジル先輩が発した言葉は、こうだった。 「誕生日のプレゼントに、僕っていう恋人はどう?」

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