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ジルベール-16
誕生日プレゼントに、ジル先輩という恋人?!
突然のことで驚いて、フルーツティーがむせてしまった。
「こ…こ…恋人って…ゴホッ」
「駄目…かな?」
一瞬にして、悲しげな表情になった。俺はどう答えればいいんだろう。そりゃあ…本当だったら、嬉しいけど。
「だ、駄目じゃないです、全然っ」
「じゃ、決まりね」
にっこり、天使のスマイルを向けられた。
いともあっさり、ジル先輩が恋人に――いやいや、こうして旅行に連れてきてくれたからって、俺は勘違いしてるんだ。ジル先輩が恋人になんて、そんな夢みたいなこと…。
そうだ、ジル先輩は俺をからかってるんだ。
「ジル先輩…そんなこと言って俺をからかったりして…びっくりするじゃないですか」
「僕、本気だけど」
ジル先輩のプラカップの中は、氷だけになった。その氷だけのカップを、俺の額に当てる。
「ひゃあっ」
「アラタ、汗びっしょりだよ?」
冷たい水滴が、俺の額を冷やしてくれる。でも、汗はこめかみをどんどん伝っていく。
「あ…あ…あの…、本気って…本当に本気ですか…?」
俺はもう、直立不動になっている。
「そうだよ。今告白しないと、アラタみたいなおいしそうなイチゴは、誰かに食べられちゃうからね。だから、真っ先に僕がいただくの」
ショートケーキのイチゴを我慢できないジル先輩らしい言葉だ。でも…俺がイチゴって…。
「ジル先輩…、俺が恋人で、本当にいいんですか…? 俺なんか、ジル先輩みたいにカッコよくないし、普通の奴だし…どう見てもジル先輩とは釣り合わないみたいな」
「そうだねえ~…」
ジル先輩はテーブルに肘をついて、身を乗り出した。
「たった一つ、アラタの嫌なところを挙げるとすれば、そんなふうに自分を卑下するところ。アラタはほかの人に無いものを、いっぱい持ってるよ。もっと自信を持って」
と、額に衝撃が。ジル先輩にデコピンされた。
「いてっ」
また、水滴がついたプラカップで、ジル先輩が額を冷やしてくれる。
「“俺なんか”っていう言葉は禁止。そんなつまんない人、僕は自分の恋人にも、将来の秘書にも選ばないよ」
「す、すみません…」
そうだ、自分を卑下することは、俺を選んでくれたジル先輩を侮辱する、ということ。もっと自分に自信を持たないと。
「聖トマス・モアの理事長から認められた存在だよ? ある意味、僕らみたいな普通入試とは違う、才能を持った人だからね」
才能――ただの趣味だったことが、あの名門校に認められるなんて。今さらながら、俺は幸運に恵まれているんだなと感じる。それに、ジル先輩が恋人に…。駄目だ、顔の筋肉が緩む…。
「な…なんか夢みたいで…ジル先輩が…俺のこと…、やっぱり、夢みたいで不思議で…」
「うーん、そうだなあ…。最初は可愛い弟って感じだったけど、いつの間にか好きになってたんだ。好きじゃなきゃ、わざわざこうしていっしょに過ごさないよ」
そこで気づいた。俺はジル先輩に、好きだと一言も言ってなかった。伝えなきゃ。言いたいときに言わないと。ショートケーキのお楽しみのイチゴは食べるまで消えないけど、タイミングっていうのは、いつかは消える。今、伝えないと。
「俺、ジル先輩が好きです。そう気づいたのは…雨が降った日、ジル先輩がレインコートを俺に貸してくれた日で…」
ジル先輩はパナマ帽を脱ぎ、金髪をかき上げた。
「そうだったんだ~。アラタが僕のこと、好きなんじゃないかなって思ってたけど、そのときからだったんだね。じゃあ、僕がアラタを好きになったタイミングと、あまり変わらないか」
「そうなんですね…。ジル先輩も俺のこと好きでいてくれてよかっ…」
そこで、はたと気づいた。ジル先輩、どうして――?!
「俺がジル先輩のこと好きって、どうしてわかったんですか?」
そんな素振りを見せたかな。顔に書いてあったのかな。ジル先輩はエスパーなのかな。いったい、どうしてだろう?
「昨日の夜」
昨日の夜? 心当たりがないな…。
「アラタってば寝言で、“ジル先輩、結婚しないで”って言ってたんだよ」
せっかく引いた汗が、また一気に出た。俺…ジル先輩といっしょにいたら、脱水症状起こすかも…。
「お、俺…そんなこと言いました?」
「うん、たまたま夜中に目が覚めてね。アラタの方を見たら、何かモゴモゴ言ってるなーって、顔を覗いたの」
俺のプラカップは、氷がかなり溶けている。多分、火照った俺の手のひらのせい。
「ジル先輩が…いつか誰かと結婚しちゃうんじゃないかって…。そしたら秘書になった俺は、本音を隠してウェディングケーキを作って、おめでとうって…笑いながら祝わないといけないのかな…って…悲しくなって」
“暑いね”と、ジル先輩がパナマ帽であおいでくれる。
「ウェディングケーキは、僕とアラタのケーキだよ。フランス国籍を取得できたら、アラタと正式に結婚できるよ」
「ジル先輩…。俺、フランス語もできるように、頑張ります」
告白とともに、プロポーズも承諾した。
壁寄りの一番隅のテーブルで、店内はそれほど混んでないし、声もひそめているから、ほかの人に話の内容は聞かれていないと思う。
ジル先輩が、パナマ帽で横側から顔を隠し、僕を手招きする。内緒話でもあるのかなと顔を近づけたら――
「!」
ジル先輩の唇が重なった。冷たく潤った唇。ファーストキスは、フルーツティーの味がした。
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