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イブ-02
ワゴンを押し、生徒会室に着いた。ノックをすると、いつものようにイブ先輩がにこっと微笑む。
「やあ、ハニー。…ああ、君は――一年のクラス代表の子だよね?」
直樹が一歩前に出て、イブ先輩にお辞儀をした。
「お久しぶりです、イブさん!」
お久しぶり――ってことは、直樹はイブ先輩と知り合いだったのか!
イブ先輩はきょとんとした表情で、直樹を見下ろす。
「えっと…、どこかで会ったかな?」
「僕、神楽坂直樹です。父がエイベネット出版の社長なんですけど」
イブ先輩が、パッと明るい表情になった。
「ああ、神楽坂社長の息子さん? ということは、パーティーで会ったっけ。わからなくてごめんね。さあ、二人とも入って」
「失礼します」
生徒会室に入り、直樹は自己紹介した。直樹が入学式に代表で挨拶したことは、生徒会のみなさんも覚えていた。
エイベネット出版のファッション雑誌にイブ先輩がよく出ていて、写真集も発売されたらしい。雑誌の編集者や編集長だけでなく、神楽坂社長もイブ先輩とは顔見知りだそうだ。
ガラスの器にディッシャーでイチゴアイスを盛り、直樹にナッツのメープル漬けをソースとしてかけてもらう。
「これは贅沢なアイスクリームですね」
デスクからソファーに移動した榊会長の言葉に、魁副会長がうなずく。
「洒落たおもてなしだな」
紅茶のカップをジル先輩が配る。
「これからは製菓部も賑やかになるね」
素早くイブ先輩の隣に座った直樹は、満面の笑みを浮かべる。
「僕、イブさんの大ファンなんです。写真集もDVDも持ってます。ニューヨークのショーも、パパに連れて行ってもらいました」
「ありがと」
イブ先輩が優しく微笑む。反対隣に座っていた剣先輩が、“プッ”と吹き出した。
「中学のころ追っかけに困って、せっかく全寮制の男子校を選んだのにな。まさか男性ファンまでいたとは」
「えっ? イブ先輩が聖トマス・モアを受験した理由って、それなんですか?」
そうだよ、と答えるイブ先輩の横で、剣先輩が説明してくれた。
「ああ、俺とイブは同じ中学だったんだ。で、俺は両親と兄が有名で、ちょっといろいろあって。互いに目立つ存在で悩みがあったから、仲良くなったんだ」
それから、イブ先輩は自分のことを話してくれた。
両親はアメリカに住んでいて、仕事が忙しく子育てが難しいことから、イブ先輩は日本の祖父母の家に住んでいたそうだ。小学生のころからキッズモデルとして有名で、中学生のころには家や学校にファンの女性が押しかけたりして、大変だったそうだ。そのために男しかいない男子校、しかも騒ぎ立てる人のいなさそうな、勉強ができて育ちのよさそうな男子だらけの全寮制校を選んだそうだけど。普通入試でパスしたってことは、二人とも頭がめちゃくちゃいいんだな。
「イブ先輩って…昔っから凄い人気モデルだったんですね…」
直樹が憤慨して身を乗り出す。
「知らなかったの?! 英夜 といえば、女性を虜にする魔性の美っていうキャッチフレーズで、中学生のころから国内の大きなショーに出てて、十六歳でパリコレデビューしたんだからね!」
大きな声でまくし立てられて、まるでお姉ちゃんに叱られてるみたいだ…。お姉ちゃんと直樹、両方から無知を指摘され、俺はイブ先輩に対して縮こまるしかない。
「ごめんなさい…イブ先輩。俺、イブ先輩って、コマーシャルも出てるモデルさんってことしか知らなくて」
ふわっと優しい笑みで、イブ先輩が俺を見る。
「いいよ、気にしないでシュガー。これからゆっくり、僕のことを知ってくれればいいから」
「あ…はい」
何だろう…。イブ先輩の笑顔って癒される。女性じゃなくても惹きつけられる。茶色い目、軽やかに見えるダークブラウンの髪、日本人離れした顔立ちが、ファンタジーな王子様みたいで。
しかし直樹からの目線が、まだ痛い。
「明日はね、撮影があって放課後はすぐにスタジオに向かわないといけないんだ。だから、生徒会活動ができないんだけど」
直樹が一瞬にして表情を変え、頬を赤らめて笑顔をイブ先輩に向けた。
「わあ! 何の撮影なんですか?」
「雑誌の表紙とインタビューなんだ。エイベネット出版のじゃないけどね」
表紙とインタビューかぁ…。きっと、女性たちがこぞって買うんだろうな。直樹も買いそうな勢いだけど。
翌日、昼休みに中山と食堂に行こうとしたら、直樹がこっちに向かって歩いてきた。俺に用があったのかな?
「よっ、直樹。よかったら昼ご飯行く?」
「ごめんね…。今日は喉の調子が悪くて…風邪気味かもしんない。だからクラブ行けないや」
見た目は昨日とあまり変わらないけど、無理して授業に出たんだろうか?
「そっか~。無理しないようにね。具合悪いなら、保健室行く?」
「あ、うん…。授業終わったら行ってみるよ。ありがと」
今日はみんなでワイワイ作れるタイプのお菓子だけに、残念だ…。
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