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イブ-04
部室に戻って片付けをした後、携帯を見ながら壁のカレンダーにペンで印をつけた。
「ねえ新太、これ、何の印?」
「ああ、イブ先輩が仕事でいない日だよ。少し先のスケジュールを教えてもらったから」
直樹はカレンダーをじっと見つめた。そして俺の方に向きなおる。また、ご機嫌ななめな表情だ…。
「新太、何でイブさんの連絡先知ってんの?!」
「生徒会にお菓子を提供するって決まった日に、榊会長から…。こういうふうに予定を教えてもらったり、連絡事項があるときのためにね」
「ずるーい! 僕にもイブさんの連絡先教えて!」
俺のじゃなく他人の連絡先を教えるのは、個人情報流出になってしまう。それだけは絶対にできない。ましてやイブ先輩は有名人。有名人の連絡先を他人に教えるなんて言語道断だ。知りたければ本人から教えてもらうしかないだろう。
「い、いや…俺から教えるのはマナー違反だし…イブ先輩に直接…」
「聞いたけど、はぐらかされたの! 何で新太だけ! ずるい!」
「しょうがないだろ。クラブは生徒会の管轄だから、クラブの部長は全員、生徒会とは連絡先を交換してるらしいし…。ずるいってわけじゃ」
直樹はすっかりふくれっ面だ。俺がいくら説明したところで、機嫌はなおらないだろう。
「…帰る…」
そう言って、直樹は部室を出て行った。
イブ先輩のファンってことはいいけど、そこまでわがままを言われちゃあな…。ほかのみなさんにも迷惑になるかもしれない。一度きちんと、直樹と話し合ってみた方がよさそうだ。
翌日、直樹は部活に来てくれた。言葉は少なかったけど、活動に支障はない。
もしかしたら直樹もイブ先輩とだけじゃなく、ほかの人とも交流があれば、少しはイブ先輩のことが頭から離れるかもしれない。
今日はフルーツ入り牛乳寒天。製氷皿を使った一口サイズの、ひんやりスイーツだ。中身はさくらんぼ、オレンジ、パイナップル、キウイ。
生徒会室で、榊会長がパソコンの画面を見せてくれた。
「八月一日に新聞社主催で、高校生の夏のお菓子コンクールが製菓学校で開催されます。条件は二人一組だそうです。よかったら製菓部のお二人で出場してみませんか?」
コンクールの類は、全く出たことがない。未知の領域だけど、聖トマス・モア学園の製菓部としては、ぜひ優勝を狙ってみたい。
「いいですね! コンクールでいい成績を取れば、入部希望者がもっと増えるかも。直樹、いっしょに頑張ってみない?」
画面を見ていた直樹も明るい表情になる。
「コンクールかあ~。緊張しそうだな…」
チラッと直樹がイブ先輩の方を見る。
「行ってみなよ。応援してあげるからさ」
イブ先輩の励ましに、直樹は張り切って“はい!”と答えた。これで、俺と直樹の溝は埋まるかも。
後片付けをしながら、直樹とコンクールについて相談した。
「どんなお菓子がいいかなあ…。ありきたりのだったら、うまく作る人もいっぱいいるだろうしね」
「…そうだね」
「冷たいデザートがいいよね。ゼリーとかプリンとか、パフェなんかでも。直樹は何が好き?」
「別に…」
さっきから様子が変だ。お皿を拭いた後、俺はレシートを見ながら出費の計算をする。直樹にはお皿やカトラリーを食器棚に入れてもらう。その間も、生徒会室での態度とはまったく違う。素っ気なすぎる。
「ババロアとかティラミスとか、何か好きなものがあったら、教えてほしいな」
少しでも空気をよくするため明るく言ってみたけど、返ってきたのはパタンと食器棚の閉じられた音だけ。
「直樹?」
「僕は別に、甘い物がそんなに好きってほどじゃ…」
えっ…、今、何て…?
「直樹?」
「なんで…新太だけ…」
直樹がうつむいている。握りしめた拳が震えていた。
「なんで新太ばっかり、イブさんに“ハニー”とか“シュガー”とか“子猫ちゃん”とか呼ばれるんだよ!」
はあ?! 確かにそう呼ばれてはいるけど…。でも、どうして俺が直樹に八つ当たりされないといけないんだ。
「イブ先輩はきっと、俺をからかってるんだよ。そ、そうだよ、きっと。ポケーッとしてるみたいなところがあるから、からかいやすいんじゃないかな」
頭をかきながら、必死に言い訳する。俺だって理由はわからない。イブ先輩に聞いてほしい。ああもう! 計算があわなくなった!
「そりゃあ…確かにそうだろうけど…」
…何気に傷つく…。
「でも、どうして新太はそんなにイブさんと仲がいいの?! イブさんを取らないでよ!」
これには俺もカチンときた。思わず立ち上がっていた。
「と…取るとか取らないとか…、別に俺とイブ先輩はそんな関係じゃないから! そんなに俺の呼び名が気に入らなければ、直樹が直接イブ先輩に言えよ!」
「そうやって…イブさんばかり悪者にして…」
もう、直樹の思考がわからない。頭がいいはずだから、誰が悪いとかの問題じゃないことは、わかるだろうに。
「別に悪者にしてないだろ! それにこの話の流れで、俺のどこが悪いんだよ?!」
直樹はうつむいたまま、何も答えない。本当は自分が言ってることが理不尽だと、思ってるんじゃないだろうか。まっすぐドアに向かい、直樹は俺の方を振り向いた。
「コンクールは、悪いけど夏期講習と重なるんだ。だから出られない。ごめんね」
夏期講習…それなら先に言ってくれればいいじゃないか。
直樹は部室を出た。こんな状態で、俺たちは部活を続けられるのだろうか。
それに直樹のあの態度は、どう考えてもただのファンというより、恋愛感情みたいに思える。直樹はイブ先輩が好きなのか。“好き”という言葉が浮かんだ瞬間、それがひどく重い言葉のような気がした。なぜだかわからないけど、モヤモヤしてしまう。
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