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イブ-06

 その後は、ずっとぼんやりしていた。部屋に戻って来たとき俺の様子があまりにも変で、中山は心配してくれた。夜もなかなか寝つけず、ベッドに入っても目が冴えたままだ。  解決法が見つからない謎。正解の無い問題。まるで、入り組んだ迷路に取り残されたみたいだ。  直樹はイブ先輩のことが多分好きで、俺に嫉妬みたいな感情を持っている。イブ先輩は、俺を子猫ちゃんだのハニーだのと呼んだり、今日に至ってはキスしてきた。  俺はどうなんだろう? 俺にとって、イブ先輩は? まぶたを閉じても、イブ先輩の姿ばかりが浮かぶ。ダークブラウンの髪、前髪が少し長くておしゃれな髪型。少し明るい茶色の瞳。鼻が高くてまつげが長くて、背が高くて脚も長い。コマーシャルのタキシード姿を思い出す。それに…柔らかい唇。  あのキスを思い出した途端、下半身が反応した。まさか、そんなことぐらいで…?! 相手は男性だぞ! 頭の中で否定しても、下半身はかえって元気になり、布に擦れるだけでも刺激になって、とうとうパジャマを押し上げるまで勃起した。  ヤバい…この部屋には、中山も寝ているのに。そういえば、中山はこの寮に入ってから、抜いてるのかな? それとも、我慢してるのかな? ほかのみんなは…? そして、イブ先輩は…?  そう考えたら、ビクンとアソコが跳ねた。ほかの人の心配してる場合じゃない! 俺はこいつを、どうにかしないと。布が擦れる音がなるべく聞こえないよう、そっとパジャマのズボンとパンツを下ろした。硬く勃起したペニスを右手で擦り始めると、もう手は止まらない。唇を噛んで声を押し殺し、ひたすら擦り続けた。  イブ先輩に抱きしめられて、“僕のsweet”ってささやかれて、キスされて。今日みたいなキスじゃなくて、舌を入れられて。ベッドに押し倒されたら、こうして激しく擦られるんだろうか。俺もイブ先輩の――ヤバい! 互いに擦り合うところなんかしたら、先がトロトロに濡れてきた。 「くっ…、ふっ…」  俺もイブ先輩も裸で、そんな想像をしていたら、もうイキそうになった。慌てて枕元にあったティッシュを何枚か抜き取り、亀頭に被せる。ドクン、ドクン、と濃い精液がティッシュに染みこんでいく。  ティッシュを丸め、匂いが漏れないように何枚かのティッシュでさらにくるみ、ゴミ箱の奥の方に隠した。中山だって男だ。ティッシュのボールが何のゴミなのか、見ただけで察しがついてしまう。  全て終わって、ベッドでうつぶせになり、放心状態になっていた。…賢者タイムみたいなものかな。急に情けなくなってきた。イブ先輩はきっと俺をからかったんだ。初対面のときだって、手の甲にキスしたし。今日のキスだって冗談なんだ。あのコマーシャルに出ていたきれいな女性みたいな彼女がいて、いっぱいキスしてるんだ。  それなのに俺はキスひとつで興奮して勃起して、イブ先輩のこと想像しながらオナニーするなんて…。ああ、情けない…。  もうすぐ七月、今日がコンテストの締め切り日。優勝は無理だとしても、出てみたかったなあ…。直樹はあれから、俺に対して何となく事務的な態度を取るようで、俺はどう接していいのかわからない。時々、具合がよくないとか、担任の先生に用事頼まれてとかで休むけど、その日はイブ先輩が仕事でいない日と必ず重なっている。  直樹が製菓部に入った理由がイブ先輩に会うため、だとしたら許せない。最初はイブ先輩目当てでも、お菓子を作るうちに楽しさを知ってもらえたのなら救いはある。直樹は、甘い物はそれほど好きってわけじゃない、とはっきり言っていた。製菓部をただの道具として利用していたんだ。イブ先輩に会うためのツール…。  このままじゃ製菓部は駄目になってしまう。コンクールは出られなくても、文化祭を成功させたい。俺たちがバラバラでは駄目だ。部長の俺が、まとめるべきなんだ。  そうは思っていても直樹の態度を見ていたら、修復は難しそうだ。部室での態度と生徒会室での態度が、まるっきり違う。今日だってまた、直樹はイブ先輩の隣でニコニコして――  そして俺は、醜い心に蓋をした。直樹に腹を立てている理由が、俺に対する態度というより、イブ先輩に媚びを売っていることだ。明らかに嫉妬じゃないか。直樹をどうこう言う前に、俺が変わらないといけない。  生徒会のみなさんとお茶が終わり、部屋を出る前に榊会長に呼び止められた。 「お二人とも、コンクールに応募はしましたか? 締め切りは今日ですよ」  俺と直樹は目が合った。 「あ…あの…、コンクールは出られなくなって」 「何かあったのですか?」  と、榊会長は眼鏡のブリッジを指先で押し上げた。 「僕が、夏期講習に行くんです。申し訳ございません」  直樹は丁寧にお辞儀した。 「じゃあ、俺が代わりに出てやろうか?」  そう言ってくれたのは、剣先輩だった。 「剣先輩がですか?」 「ああ、料理は得意だ。お菓子作りはしたことがないが、手順を教えてくれれば大丈夫だろう」  料理上手な剣先輩がいてくれたら、心強い! 「ありがとうございます、剣先輩! 俺、急いでメニューを考えます!」 「応募時に、レシピも送る必要がありますよ。締め切りは本日の日付が変わるまでで――」  人間、俄然やる気が出ると、頭の回転が早くなるもんだな。頭の引き出しを次々に開け、作ったことのあるお菓子の中から一つを取り出した。 「決まりました! クレームブリュレにします。それも、普通とは違う材料で」

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