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イブ-08
コンクールに応募したお菓子は、豆腐のクレームブリュレ。最終日にギリギリセーフで間に合った。一週間後、書類選考をパスしたと通知が来た。八月一日、製菓専門学校の調理場で、最終審査がある。最終審査に出るのは二十組。ここでいい成績が取れたら、理事長に恩返しができる。
前にも作ったことがあるけど、生徒会のみなさんにも批評を仰ぎたくて、試作品を作って生徒会室に持って行った。ココット皿の中は、見た目普通のクレームブリュレと変わらない。豆腐が入ることによってヘルシーで、甘ったる過ぎずさっぱりした口当たりになる。
「遠野、これは絹ごし豆腐を裏ごしするのか?」
直樹の代わりに出場してくれる剣先輩が、レシピを聞いてきた。
「はい。裏ごしした豆腐に生クリームと砂糖、卵黄を入れて混ぜて、蒸すんです」
蒸すのはフライパンに水を張ってできる。意外と簡単にできるデザートなんだ。
「この焼き目は? バーナー?」
元が実験室だから部室にはバーナーはあるんだけど、もっと簡単な方法があるんだ。
「表面にザラメ糖をまぶしたら、おたまの背をコンロで熱して、それを押しつけるんです」
製菓の専門学校にもバーナーはあると思う。でも、それを使うよりもアイディアで勝負したいから、おたまを使う方法にした。料理に詳しい剣先輩もすっかり感心して、お墨付きをいただいた。
今日は、イブ先輩は仕事でいない。直樹も欠席。休み方があからさま過ぎる。イブ先輩がいない日は直樹も休みだ。愚痴ってもしょうがないから、みなさんの意見をもとに改良点を考えなきゃ。
「舌触りがなめらかで、さっぱりしてますね」
「夏にちょうどいいデザートだな」
榊会長も魁副会長も気に入ってくれた。
「味は抜群だけど、コンクールに出すには…もっと人目を引くような何かがあればいいかも」
確かに、ジル先輩の言うとおりだ。見た目が地味だ。レシピ自体なら、アイディア賞ぐらい取れそうかも、だけど。
フルーツを飾るか、お菓子を飾るか。何がいいだろうか。
じっとココット皿を見つめていた剣先輩が、顔を上げた。
「豆腐…、豆腐といえば…ショウガ…。遠野、ジンジャークッキーを添えるのは?」
さすが剣先輩! 豆腐から、冷や奴に添えるショウガを連想したようだ。
「いいですね! 実家にジンジャーボーイが作れる型がありますから、それを持って行きますよ。粉末のジンジャーティーを使えば、簡単に作れます」
材料や器、必要な道具を、剣先輩と分担して持って行く相談をした。コンクールは八月一日の午後十二時から。手続きなんかもあるだろうから、集合は午前十一時に最寄り駅で。
夏休みに入った。剣先輩と最終打ち合わせも終わり、後は前日に豆腐や生クリームを買うだけだ。
夜になって、イブ先輩からメッセージが届いた。確か今はイタリアにいるはず。ショーのリハーサルや撮影で忙しいんだろうな。
《調子はどう? コンクールは優勝できそうかな?》
“優勝はわからないけど、順調に準備できました。剣先輩のおかげです”と返事した。すぐに、イブ先輩から返事が来た。
《当日、応援に行くからね。Good luck,my boo》
“boo”? “ブー”って読むのかな? グッドラックはわかるけど…。きっと、友達の間で使うような、砕けた表現なんだろう。聖トマス・モアでは英会話の授業があって、文法の授業みたいな表現ではなく、日常生活で使えるぐらいのかなり砕けた表現も使ってて難しいんだけど。このbooってのもそんな感じかな。英語って奥が深いな。俺はもっと勉強しないと、夏休み明けのテストが心配だ。
ちょっと、このbooって言葉をネットで調べてみよう。
…ちょっ…、まさか…
フランス語の“beau”が語源で、彼氏や彼女に対して呼びかける言葉だってぇ?! ちなみに、読み方は“ブー”じゃなくて“ボー”。知らなかった…。やっぱり英語は奥がふか――いや、それどころじゃない!
イブ先輩は俺にいろいろ“ハニー”だの“ストロベリー”だの“子猫ちゃん”だのと言うけど。それってやっぱり、からかってるだけなんだろうな。だって、恋人に対して呼びかけるような言葉を使うなんて、普通は正式に告白して互いの同意で付き合うようになってから、だろうし。ということは、やっぱり俺はからかわれてる。あのキスだって…。
急に胸がズキンと痛んだ。イブ先輩のことが好きだと自覚してから、イブ先輩にからかわれてると思うたびに、それに反比例してイブ先輩への気持ちは、大きくなっていく。
好きになったって仕方ないだろ。相手は有名人なんだ。生徒会室で話してもらえるだけ、光栄って思わないと。
そうは思うけど、やっぱりつらい。一度気づいた気持ちは、最初は小さな芽だったけど、どんどん育って茎が伸びていったら、無視できない大きさになってしまった。そのうち大きな実がなって、イブ先輩の卒業まで俺はつらい“実”をずっと抱えることになるのか。
ベッドに横になり、そんなことをつらつらと考えていた。明日はイタリアでショーがある日。イブ先輩は、俺の手が届かない遠い所。それでいい。小さな芽は大きく育つけど、どこかのおとぎ話みたいに天まで届く豆の木じゃない。それで、いい…。
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