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イブ-09

 昨日よく眠れなくて、目が覚めたら午前十時だった。明日のコンクールは、午前十一時集合。今日はきっちり寝て、明日早起きしないと。  冷たいオレンジジュースを飲んで、ダイニングテーブルでボーっとしていた。ダイニングと繋がっているリビングでは、お姉ちゃんがソファーに寝そべってテレビのワイドショーを見ている。  あれっ?! イブ先輩?! 《パリ・コレの出演経験もあり、日本でも人気の高校生モデル・英夜(はなぶさイブ)さんですが、ミラノのホテルのレストランで、美人モデルとの密会が激写されました》  画面にはパパラッチが撮影したという写真が出ている。キャップを被りサングラスをかけたイブ先輩に、腕を絡めて寄り添っている髪の長いきれいな女性。アナウンサーが、二人の経歴などを紹介する。女性はイタリアと日本のハーフのモデルで、今回のショーでイブ先輩と共演するそうだ。ハーフ同士だから、二人が結婚して産まれた子供は、ハーフと表現するのか何と言うのか、などと冗談混じりに明るく笑っているけど、俺はそれどころじゃない。 「…やだなぁ~…ショックだわぁ」  ボサボサの髪でお姉ちゃんがつぶやく。お姉ちゃんがどれだけイブ先輩を好きなのかはわからないけど、少なくとも俺の方がショックを受けている。 「ねえ新太、イブくんに彼女がいるって話、聞いてた?」 「き、聞かないよ。そんなプライベートなこと」  お姉ちゃんには一応、製菓部として生徒会にお茶菓子を提供しているという話はした。 「ふーん…、そこまで仲良くないのかぁ…」  ボリボリ頭をかきながら、コマーシャルをぼんやり見ている。それなりにショックだろうけど、またカッコいい芸能人が現れたら、そっちに気が移るだろう。直樹だって、ファンが高じて熱を上げているようなものじゃないかな。  俺とイブ先輩は? 仲がいいって言えるの? “my boo”なんて恋人みたいに呼んで、キスもして。でも、学園の外には恋人もいて――  俺はお姉ちゃんに涙が見えないように、そそくさと部屋に戻った。  コンクール当日。駅券売機前には、剣先輩が待っていてくれた。 「遅くなってすみません!」 「いや、俺が早過ぎたんだ」  午前十一時までに、あと十分ある。緊張をほぐすためにも、早く会場に着いておいた方がいいかと、剣先輩といっしょに製菓専門学校に向かった。 「あ、イブからだ」  ポケットから携帯を出した剣先輩がそう言った。俺も携帯を見ると、“日本に帰ったけどマスコミに囲まれるから、ホテルで缶詰め状態で出られない。ごめんね”とメッセージがあった。 「…仕方ないな…。意外と大きなスキャンダルだからな」  剣先輩は苦笑いをする。俺も合わせて苦笑いをして“そうですね”と言ったけど、内心苦しい。  けど、今日はコンクール。手伝ってくれる剣先輩のためにも、頑張らないと!  製菓専門学校は、想像以上にデカい。玄関に“高校生 夏のお菓子コンクール”と書かれた看板があった。  入ってすぐにロビーがあり、卒業製作の大きなウェディングケーキやお菓子の家などの写真パネルが飾られてある。受付のカウンターで手続きをすると、“⑤”と書かれたバッジを二つ、同じく⑤と書かれた小さな立て札と長方形のトレイをもらった。  二十組の出場だけど、十組ずつ二つの教室に別れて調理をする。俺と剣先輩は、⑤の札が立ててある調理場を使う。必要な道具を出しておき、材料は番号札といっしょにトレイに乗せて、冷蔵庫に入れる。  開始時刻までの間、剣先輩もいっしょにいてくれるから、心強かった。イブ先輩からのメッセージも読み返したかったけど、あのスキャンダルを見てからは、何だかつらい。  午前十二時になった。開会の挨拶があり、その後調理場に散る。…俺たち以外はみんな、女の子だ…。男女平等、パティシエだって男性が多い、とは言うけれど。お菓子作りみたいに繊細で可愛いものは、やっぱり女性が有利だろうか。飾りつけだって、女の子の方が得意だろうな…。  不安なことばかり考えてしまうけど、剣先輩という強い味方がいるんだ、強気でいこう!  豆腐の裏ごしは、剣先輩にお願いした。さすがに手際がいい。その間に俺は、卵黄と砂糖、牛乳を混ぜる。豆腐を入れてよく混ぜたら、ココット皿に入れる。フライパンに水を入れ、アルミホイルをかぶせたココット皿を並べ、蓋をして蒸す。  その間に、クッキー生地だ。生地の材料は薄力粉とバター、砂糖、卵、牛乳、蜂蜜、ベーキングパウダー、それに粉末のジンジャーティー。人形の型でくり抜いた後、剣先輩が人形の右腕部分を少し丸めた。 「遠野、クッキーは焼くと膨れるか?」 「ベーキングパウダーが入ってるので、若干膨れます」 “じゃあ、こんなもんかな”と、剣先輩が人形の右腕を少し薄くつぶし、くるんと丸めた。腕が丸まったジンジャーボーイで、どうするんだろう?  天板にクッキングシートを敷き、ジンジャーボーイを乗せる。温まったオーブンに、天板を入れた。焼き上がるまでの二十分、剣先輩はペンとハート型のメモ帳を取り出した。 「これに、メッセージを書くんだ」  剣先輩がやろうとしていることがわかった! ジンジャーボーイは、メッセージボーイなんだ。  冷やしておいた豆腐ブリュレを冷蔵庫から出し、ザラメ糖を散らして、熱したスプーンの背で焼き目をつける。  焼きあがって冷ましたジンジャーボーイにアイシングで顔を描き、丸めたメモ用紙を右手に持たせた。

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