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イブ-10
制限時間が来た。冷やす時間もあってギリギリだったけど、なんとか間に合った。エントリーナンバー⑤の立て札とともにトレイに乗せ、所定の場所に置いて別室で待つ。
今まで動画サイトに投稿して、いい評価をいっぱいもらった。たまに悪い評価もあるけど、そんなのが気にならないぐらい、たくさんの人が高評価してくれた。聖トマス・モアに入学した後も、生徒会のみなさんが俺のお菓子を気に入ってくれた。
けど専門家が評価するこのコンクールでは、どうなんだろう…。書類選考で受かっただけでも、喜ぶべきなんだろうか。何となく不安になって、ベンチで固まったように座っていた。
いきなり肩をポンと叩かれた。
「何て顔してんだ。やれるだけのことは、やっただろ」
隣で剣先輩が、微笑んでくれる。そうだ、俺たちは頑張ったんだ。どんな結果になろうとも、全国から応募された中のベスト二十には入ってるんだ。
「はい! ありがとうございます」
そうだ。結果は怖くない。やれるだけのことは、やったんだ。
しばらくして、アナウンスが入った。表彰式が一番広い教室で行われる。学校の教室に似た感じで黒板はあるけど机や椅子は取り払われ、黒板の前の教壇には、審査員や主催者である新聞社、協賛の製菓会社の偉いさんたちがいる。
白い布がかかった長い机には、俺たちが作ったお菓子がエントリーナンバーとともに並んでいる。その前に俺たちエントリーされた参加者が並び、後ろには参加者の応援の人たちや、カメラを持った新聞記者たちがいる。応援の人は、おそらく家族だろうと思われる。ほかに俺たちと同年代の、友達らしき人。
直樹は――どこだろう? 直樹の姿が見えない。イブ先輩がいないからガッカリするだろうな…。
そうしてキョロキョロしてる間に、“努力賞”“アイディア賞”“第三位”と、発表され、拍手とフラッシュの嵐が起こる。
「続きましては、準優勝。聖トマス・モア学園の遠野新太さん、剣虎牙さん」
えっ…、今、名前呼ばれた…?
剣先輩に腕を引っ張られ、拍手と眩しいフラッシュに送られ、教壇の前に進む。フラッシュのせいで目がチカチカする。緊張していることもあり、つまづきそうになった。
「準優勝おめでとう」
「あ、ありがとうございます」
緊張でガチガチな俺が表彰状を受け取り、剣先輩が賞金の大きなのし袋を受け取った。
審査員の評では、豆腐を使ったヘルシーさと、“豆腐にはショウガ”でジンジャークッキーを飾った組み合わせ、それにジンジャーボーイが持つ“体に気をつけてね”のメッセージのアイディアがいい、とのことだった。
授賞式が終わり、新聞社の腕章をつけた人たちからインタビューを受けた。涼しい室内なのに緊張で汗びっしょりだ。その後で、剣先輩以外の生徒会のみなさんに、“おかげ様で準優勝でした”とメッセージを送った。
帰り支度をして製菓学校を出るとき、ロビーで剣先輩が大きなのし袋を俺に渡した。
「ほら、お前の賞金だ」
「いえっ、剣先輩のおかげでいただけたんですから、俺がもらうわけにいきませんよ」
豆腐のクレームブリュレだけでは物足りないのを、ショウガを使って何か足せないかと提案してくれたのも、ジンジャーボーイにメッセージを持たせたのも、剣先輩だ。だから全額もらってくれてもいいぐらいだ。
「俺は一円たりとも、もらうわけにはいかない。製菓部の活動だ。その手伝いをしただけで賞金をもらうというのは、生徒会役員として公平性に欠ける」
ならばどうしようか…。ほかの生徒会のみなさんに相談してみようかな、と考えていると、剣先輩は俺のバッグを開けてのし袋を押しこんだ。
「ちょっ…剣先輩?」
「いいから、お前がもらっとけ。製菓部の費用として。俺からジル先輩に報告しておく」
製菓部の部費、ということならいいか。かなり多くの部費をもらっているし、来年度はこの分をさっ引いて部費をもらうようにすれば。
建物から出る直前で、剣先輩がバッグの中をごそごそ探している。
「剣先輩、どうかしました?」
「あー…。キーケースが無い。荷物置き場に忘れてきたみたいだ。ちょっと取ってくるから、待っててくれ」
人がまばらになったロビーで、壁にもたれて剣先輩を待っていた。何気なく廊下の方を見ていると、奥の方からキョロキョロしてる小柄な男子がやって来る――って、直樹じゃないか!
「おーい、直樹ー!」
いきおいよく手を振ると、直樹はこっちに向かって走ってきた。ちょうどよかった。直樹が来てくれると言うから、直樹の分の豆腐ブリュレがあるんだ。
「新太、イブさんはどこ?」
…開口一番それかよ…。せめて“準優勝おめでとう”の前置きは欲しかったな。
「イブ先輩は例の噂があるから、あちこち出歩けないって、今は東京のホテルにいるよ」
一瞬目を見開いた直樹は、肩を落としてうつむいた。
「…なんだ…。イブさんに会いに来たのに…」
直樹の目的は何? イブ先輩に会うことだけなのか?
「直樹…、今日のコンクール、準優勝取ったよ」
「そう」
それだけ言うと、直樹は出口の方に向かった。それだけなのか? せめて、剣先輩が戻って来るまで待って、代わりに出てくれたお礼を言えないのか?
そういえば直樹は、夏期講習があるとか言ってた。それが終わってから来るなら、勉強道具の入ったカバンくらい持ってないだろうか。どう見たって、ペンケースぐらいしか入らなそうなショルダーバッグしか持っていない。
「なあ直樹。せめて剣先輩が来るまで、待たないか? 挨拶するべきだろ」
直樹は立ち止まり、振り向いた。そして俺に向けられた目は、今までに見たことがないくらい冷たかった。
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