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イブ-12
剣先輩に“元気出せ。準優勝なんだからな”と励まされ、そんな剣先輩にたくさんお礼を言って、俺は家に帰った。
携帯を見ると榊会長や魁副会長、ジル先輩からお祝いの言葉がいっぱい届いていた。榊会長からは、“理事長にも報告しておきます”とつけ加えられた。照れくさいような気もするけど、これで製菓部の株が上がったかな?
シャワーを浴びてベッドに横になっていると、着信音が鳴った。急いで携帯を見ると、イブ先輩からだった。
「はい、新太ですっ」
《ハーイ、ハニー。今日はおめでとう》
「ありがとうございます」
直接聞くと、照れてしまうな。イブ先輩、わざわざ電話で伝えてくれるなんて。
《今はね、東京の『ロイヤルゲートホテル』にいるんだ。よかったら泊まりに来ない? 僕のおごりだし、フロントにも話しておくから》
イブ先輩がいるホテルに。しかも泊まりで?! 嬉しいけど…どうしよう…。二人っきりで過ごしたことなんてないし…。
というか意識しすぎだな、俺は。イブ先輩は俺のこと、ただの後輩にしか思っていない。俺の一方的な片思いで…。
「あ、あの…でも…」
《ごめん、都合悪かった?》
「いえっ、全然、めっちゃくちゃ暇ですっ。でも、ご迷惑じゃないですか?」
“そんなことないよ”と、クスクス笑う声が聞こえた。
《仕事以外、しばらくホテルに缶詰め状態なんだ。話し相手が欲しいし小猫ちゃんといっしょにディナーでも、と思ってね》
そういえば、イブ先輩のお父さんはニューヨークで活躍しているデザイナーだから、実家はアメリカにあるんだった。イブ先輩はお祖父さんの家にいて、そこから剣先輩の実家も近いとか。
でも今度のスキャンダルで、イブ先輩は実家に帰りづらいらしい。マスコミが張りついているから。
もしや、噂の女性モデルもいるのではと思ったけど、“話し相手が欲しい”ということは、一人なんだな。少しホッとした。
「…わかりました。これから着替えて行きます。両親にも話しておきます」
“アメニティの類はいらないからね”と切る前に言われたので、着替えだけを用意した。『ロイヤルゲートホテル』はどんな感じだろうかとネットで調べてみたら、ロビーやレストラン、部屋を見るとかなりいいホテルのようだ。上の階には、スイートルームもある。ビジネスホテルみたいな所ではない。Tシャツはまずいよな。かといって制服で行けば、聖トマス・モア学園の生徒だとわかるから、マスコミに感づかれたりしたら大変だ。無難なコットンパンツや、開襟シャツでいいだろう。一応ベストも羽織るかな。暑いけど。
お母さんには、学校の友達の家に泊まりに行くと言った。名前は出さなかった。お母さんも、英夜 という名前は知っているかもしれない。もしもお姉ちゃんの耳にでも入ったら、俺の命が危うい。
電車に乗り、最寄り駅で降り、携帯でナビつきの地図を見てホテルにたどり着いた。かなり大きい。周辺は大きい道路にビル群。その辺を歩いている人も、スーツをビシッと決めたビジネスマンやキャリアウーマン、お金持ちそうなおばさんだらけだ。
ガラス張りでどこからでも入れそうに見えるけど、赤い兵隊さんみたいな服のドアボーイがいる所が、正面玄関なんだな。その正面玄関の前に立つと、ドアボーイが丁寧なお辞儀をするから緊張してしまう。
中はひんやり涼しい。キラキラした玉のような物がいっぱいぶら下がったシャンデリアが眩しい。座り心地のよさそうなソファーがいくつも並んでいて、新聞や本を読んだりしている人がいる。
ホテルに入ったのはいいものの、さて、どうしたらいいんだろう…。イブ先輩はフロントに話しておくって言ってたけど。フロントで聞いてみようかな? 思い切って、フロントの黒スーツの男性に尋ねてみた。
「あの、すみません。こちらに泊まってる英夜 さんに呼ばれた者で、遠野新太といいます」
「はい、英様からお伺いしております。遠野様ですね。お部屋は1008号になります。お部屋までご案内いたします」
フロントの中から別の人、グレーの兵隊さんみたいなベルボーイが来て、“お荷物お預かりします”と言われたけど、軽い物だし遠慮した。
エレベーターが十階に止まる。“1008”の文字がついたドアの前に立ち、インターホンを押す。
「失礼いたします。ご友人の遠野様がお着きでございます」
中からドアが開き、イブ先輩がいつもの笑顔を見せてくれた。久しぶりに見る笑顔だ。
「やあ、急に呼んだりしてゴメンね」
「い、いいえ」
「さあどうぞ」
部屋はダブルだった。泊まるってことは…ダブルベッドにイブ先輩といっしょに寝るの?! 落ち着け、落ち着くんだ俺!
「どうしたの、真っ赤になって」
「いえ、別にっ! あ、あの、大きいホテルだから緊張しちゃって」
ふわっと、イブ先輩の手のひらが俺の頭の上に乗った。
「久しぶりだね、子猫ちゃん」
「は…はい…」
思わず見上げたまま固まった。相変わらずカッコいい。黒のスリムなパンツに白のTシャツ。金色のチェーンのネックレスに、銀色の腕時計。シンプルだけど、やっぱりイブ先輩はモデルだ。何を着てもカッコいい。
「ソファーにでも座って」
「あ、はい。あの、イブ先輩、これ…コンクールで作った物です」
ソファーに座ると、紙袋をテーブルに置いた。保冷剤を入れて豆腐のクレームブリュレを入れて持ってきた。イブ先輩は来られないと聞いていたから、本当は直樹にあげるはずの物だったけど、渡しそびれたんだ。でも、あげたところでスイーツが嫌いな直樹だから、捨てられていたかもしれない。
「僕が食べていいの?」
「はい!」
「いただきます、僕のシュガー」
イブ先輩は長身を折り曲げるように背をかがめると、俺の額にキスをした。
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