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イブ-14
「I love you,honey」
唇が離れた瞬間、そうささやかれた。
「えっ…、それって…」
「まさか意味を知らない、なんて言わないよね?」
意味は知ってる。けど、イブ先輩が俺を――? イブ先輩を疑うわけじゃないけど…。
「あ…あの…、俺、本気にしちゃいますよ?」
俺の頬に手のひらを添え、親指で唇をなぞる。それはまるで、恋人にするみたいに優しくて…。
「僕が恋人じゃ、駄目かな?」
俺は勢いよく首を横に振った。
「いえっ、全然! 駄目どころか、俺にはもったいないぐらいでっ」
「じゃ、決まり。今日から新太は、僕の恋人だよ。My Sweety-pie」
俺の手に、イブ先輩の手が重なる。そしてもう一度、キスされた。
本当に、俺がイブ先輩の恋人でいいんだろうか。嬉しいはずなのに、なぜか素直に喜べない。俺とイブ先輩の間には、大きな壁があるようで。イブ先輩が有名な売れっ子モデルだから? カッコよすぎて、俺なんて釣り合わないかもしれないから? 見た目がカッコいいだけでなく、頭だっていい。それにお父さんも有名なデザイナーで…。
それもあるけど、一番分厚い壁の正体がわかった。イブ先輩はテレビの熱愛報道で騒がれたから、このホテルに身を隠してるんじゃないか。
俺はイブ先輩の唇から逃れるように、ソファーから立ち上がった。
「新太…?」
「イブ先輩…テレビに出ていた女性…イタリアで会っていた女性、あの人がイブ先輩の恋人なんじゃないですか?」
イタリアのレストランから仲睦まじく姿を現した、と報道されていた。相手はイタリアと日本のハーフの女性モデル。ワイドショーで見た写真では、女性がイブ先輩にべったりと寄り添っていた。ただの友達、なんかじゃすまされないような間柄に見えた。
まさか…イブ先輩は二股をかけようとしている?!
「ああ、あれね」
イブ先輩は驚くでも慌てるでもなく穏やかに微笑み、俺が座っていたソファーに、代わりに座った。
「実は、ショーの打ち合わせの最中、彼女から“付き合ってほしい”って告白されてね」
やっぱり…。あの女性の態度を見れば、イブ先輩のことが好きなんだ、っていうのがよくわかった。こうしているのが幸せだっていうふうな。俺もイブ先輩が好きだから、よくわかる。
「好きな人がいるから付き合えないって、ハッキリ断ったんだ。可哀想だけど、うやむやにして後で傷つけるよりはいいからね」
イブ先輩は、俺の手首を握った。それって…“好きな人”って、俺のこと?
「そしたら、一度だけいっしょに食事してくれたら、諦めるって言ってくれたんだ。食事しながら、相手はどんな人だって聞かれてね、同じ学校で日本にいるよって答えた」
琥珀の瞳が、俺を見上げてじっと見つめている。イブ先輩は遠く離れた国でも、俺を想っていてくれたのか。
「で、片想いだって話したのがマズかったかな。彼女は一度中座した。恐らく、マスコミに電話したんだよ。パパラッチにスッパ抜かれて日本でも話題になれば、その片想いの相手――新太に知られて、僕と新太がうまくいかないだろうって」
そして、イブ先輩と無理やり腕を組み、目立つようにレストランを出た。あの女性は、一度の食事でイブ先輩を諦めたなんて表情じゃなかった。彼は私のものよ、そんな自信に満ちて幸せそうだった。
「あの後、彼女と口論になったよ。何てことしてくれたんだ、ってね」
いつも穏やかで優しいイブ先輩が、口論になるなんて…。
「事務所にも注意されたよ。イメージダウンになるってさ。確かに彼女の気持ちは一方的だから、噂になったら困る。でも、君に誤解されるのが一番怖かったんだ」
手首を握る手に、力をこめられた。
「もちろん、新太が困らないように努力するよ。だからお願い、僕の恋人になって」
目を細めて、不安いっぱいの表情で“お願い”だなんて。そんな弱々しいイブ先輩を初めて見た。それが愛しくて、嬉しくて、今まで以上に好きになって――
「あの…俺の方こそ…イブ先輩がずっと好きでした。でも俺なんて、イブ先輩と付き合えるって思ってもみなくて、その…」
いきなり手首を引っ張られた。そのまま、イブ先輩の膝に座る形になった。後ろから、優しく抱きしめられる。首筋にかかる吐息が、なんとなくエロい…。
「よかった…。断られたらどうしようって、これでも悩んでたんだよ」
「そんな、断るわけな――!」
振り向いたと同時に、また唇を奪われた。人生で三回目、今日だけで二回目。
イブ先輩と数えきれないほど、繰り返すんだろうな。
…違う…。舌が入ってきた。口の中をゆっくりと柔らかい舌が蠢いて。初めてのディープキス。これからはこんなキスをイブ先輩といっぱい――いや、それ以上のことも…。
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