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イブ-17
それから数日後。午後十時。リビングではお姉ちゃんが、テレビの前に陣取っている。俺も同じ番組を見るから、まあいいけど。ソファーの端っこに座り、出番をまだかまだかと待ち構える。
お姉ちゃんが“今日、イブくんが出たファッションショーやるのよ!”と言うので、“へ~、じゃあ俺も見ようかな”と(本当はイブ先輩からの連絡で知ってたけど)、お姉ちゃんに付き合う形でテレビの前に座っている。
番組が始まった。世界のファッションショーをダイジェストで放送する番組だ。イブ先輩が出たイタリア・ミラノでのショーが流れる。
「トニー・クローズの新作は、コンピューターでプリントされた生地を使い、伝統的なデザインを取り入れた――」
ナレーションが説明するのは、イブ先輩のお父さんがデザイナーとして活躍しているブランド。もちろん、イブ先輩がモデルとして出演している。
丈の短い黒いジャケットに、赤い幾何学模様の長い巻きスカートみたいなのを穿いたイブ先輩が映った。スコットランドの民族衣装、キルトをモチーフにしたみたいだ。…絶対、イブ先輩みたいにスタイルがよくてかっこいい人じゃないと似合わないだろう…。
ランウェイを歩き、正面で立ち止まる。その目は、俺が今まで見たことないような鋭い目つき。Hしたときの野獣っぽい表情とは、また違う…。ヤバい、イブ先輩に抱かれたときのことを思い出した。
その後、イブ先輩は別の衣装で登場した。今度も丈の短いジャケットだけど、派手なプリントだ。まるで3Dアートみたいで、目の錯覚を起こしそう。下は体にフィットした白いパンツに黒いブーツで、乗馬服に似ている。
正面で立ち止まったイブ先輩は、背中を向けてスルリとジャケットを脱ぐ。白いハイカラーのシャツの背中に、ピンスポットが当たった。ブランドのロゴ名が青く浮かび上がる。凄い! 明るい光で、模様が浮かぶ生地なんだ!
次はレースいっぱいのブラウスにタイツみたいな細身のパンツ、ジッパーがあちこちにたくさんついた黒いジャケット。歩くたびにレースが揺れる。正面で立ち止まり、イブ先輩は裾のジッパーを勢いよく引き、その場でくるりと回転した。裾におさまっていた布がはらりと垂れ下がり、ロングドレスのようなコートに変身した。ゴシック調だけどたくさんのジッパーがパンク調。レースをたくさん使っているのに、男性のイブ先輩が着ても違和感はない。性別を選ばずに着られるデザインのようだ。
最後にデザイナー、つまりイブ先輩のお父さんが登場し、花束を受け取る。後ろでは、モデルのみんなが笑顔で拍手している。イブ先輩もいた。
テレビでイブ先輩を見るのは初めてじゃないけど、この液晶画面の向こうにいる人と今はお付き合いしてるなんて、不思議な感覚だ。…ヤバい、またHしたこと思い出してしまった。
「イブくん、やっぱりカッコいいよね~」
ため息混じりにそうつぶやくお姉ちゃんに、“さすがは俺の恋人だろ”なんて、恐ろしくて言えなかった。
イブ先輩とは毎日連絡しあってる。今朝目が覚めたら、イブ先輩からのメッセージが入っていた。
《今夜、日本に帰るよ。明後日はテレビCMの撮影があるから見学においで。その後デートしよう》
後ろにハートマークがいっぱい入ったそのメッセージに、俺も“はい、絶対行きます。デート楽しみです”と、ハートマークいっぱいつけて送った。
東京にあるスタジオ。午前十時からの撮影ということで、俺は九時半に着いた。入り口までイブ先輩が迎えに来てくれたので、守衛さんに訳を話してもらって通してくれた。
以前、イブ先輩は口紅のCMに出たけど、同じメーカーのフレグランスのCMだそうだ。
スタジオには大きなセット。レンガ造りの建物風で、外に非常階段のような螺旋階段がある。隣には、同じくレンガの建物風だけど、屋上っぽい作り。少し離れて大きなマットが敷いてある。
後ろは真っ青なカーテンで、おそらく背景は別の映像で合成するんだろう。
衣装に着替えたイブ先輩が来た! トレンチコートの中は、紺色のスーツ。…制服と違って、スーツ姿もカッコいいな…大人っぽい。スタッフから手錠を渡され、何やら説明を受けている。
もう一人、ぴったりとした赤いビニールレザー姿の髪の長い女性も入って来た。メイクさんらしい女性に、仮面をつけてもらっている。目元だけを隠すタイプで、ラメでキラキラしてる。
監督とともに、打ち合わせをしている。CMの内容は、女性が怪盗で、イブ先輩はそれを追う刑事。
撮影がスタートした。怪盗の女性が、螺旋階段を駆け上がる。ハイヒールの音が、ステップに響く。続いて、手錠を持ったイブ先輩も、階段を駆け上がった。
怪盗は屋上からジャンプする。まぶしいライトの明かりに、仮面のラメがギラギラ光る。マットに着地し、身を翻すようにマットから下りると、続いてイブ先輩もマットに向かってジャンプした。
真っ青な背景を背に、長い髪をなびかせて怪盗は走る。その後を追うイブ先輩も、辺りをキョロキョロとうかがい、コートをひるがえして走る。
女性の手首に手錠をかけるシーンを、カメラが近くに寄って撮る。ここまで二人ともNGを出さず、撮影は順調だ。そう、ここまでは――
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