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イブ-19

「イブ先輩…。やっぱり、人があまりいない所の方が…」  心配して周囲をうかがう俺に反して、イブ先輩は平然とサラダを口に運ぶ。 「だって愛しのmy booと、普通の高校生みたいなデートがしたかったからね。この後、水族館に行こうか」  普通の高校生――確かに俺はそうだけど、イブ先輩は普通じゃないからなあ。だから余計に、普通に憧れるのかな。  イブ先輩が俺のポテトを一本取って、口にくわえた。 「んっ」  と、ポテトをくわえたまま、俺の方を見る。 「イ、イブ先輩っ、周りの人がみんな見てますよっ」 「んっ」  と、俺の方にポテトを突き出す。やめてくれそうにないから、しょうがなしに端っこだけかじった。周囲から、ざわざわと何やら聞こえる。“今の見た~?”だの、“可愛い~”だの。 「だ、だからやめた方がいいですよ」 「何で? 普通にデートしてるだけなのに。帰りは夕日でも眺めながら、キスしたいんだけど」 「しぃっ! 聞こえますよっ」  人差し指を口に当て、イブ先輩に注意をした。アメリカ人の血が流れているせいか、かどうかはわかんないけど、周囲の目を気にせず大胆だなあ…。  ハンバーガーショップを出た後は、水族館に来た。トンネル状の通路の上を魚が泳いでいて、まるで海底に紛れこんだみたいだ。 「うわぁ、海の底を歩いてるみたい!」  群れをなす小さな魚、ウナギみたいな長い魚。赤い魚、銀色の魚。みんな、頭の上を飛んでいく。 「そうだ、冬休みには海に行こうか」  イブ先輩が後ろから俺の肩に手を置き、そうささやく。 「冬は寒いですよ~。寒中水泳ですか?」  笑う俺に、イブ先輩は背をかがめて顔を近づける。 「うちの別荘、カリブ海のヴァージン諸島にあるんだ。よかったら、遊びに来ない?」  カリブ海! 外国なんて行ったことがないよ! イブ先輩の別荘…お父さんが有名デザイナーだし、別荘ぐらい持っていても不思議じゃないだろうけど。 「いいなあ~。海、きれいでしょうね」 「うん、きれいだよ。プライベートビーチがあるから、ハニーとイチャイチャしたいな」  と、イブ先輩は後ろから俺を抱きしめる。もちろん周囲の人は何人か、魚よりもイブ先輩に注目してて――  水族館の後は映画を見た。アメリカのアクション映画なんだけど、イブ先輩は字幕無しでわかるから羨ましい。字幕が邪魔なんじゃないかな。  映画館を出るころには、だいぶ太陽が傾いていた。まだ八月真っ盛りだけど、七月ごろに比べれば暗くなるのが少し早くなったかな? 「夕日を見に行こうか」  イブ先輩はそう言うと俺の手を引っ張り、展望台があるビルに入った。 「ここの休憩スペースから、夕日が沈むのを見られるよ」  最上階に上がり、ガラス張りの休憩スペースまで来た。まだ少し陽が当たっていて、冷房はきいてるけど暑い。そのため、長居する人はいなさそうだ。  ビルとビルとの間にかすかに海が見えて、そこに向かって太陽は少しずつ進む。 「イブ先輩、カリブ海の夕日はきれいですか?」 「きれいだよ。日本で見るのとは、比べものにならないね」  さっきみたいにイブ先輩は、俺を後ろから抱きしめる。きっと、カリブ海の夕日を見るときにも、こうして抱きしめられるのかな。 「そういえばイブ先輩、今日撮ったCMは、いつテレビで見られますか?」 「十月ごろには放送されるよ」  十月、全国にイブ先輩の“その香り、逃がさない”が流れて、セクシーな瞳にまた女性が即死するんだな。 「でも、よかったー」 「何が?」  耳元をかすめる唇のくすぐったさに身をよじりながら、俺は答える。 「CMで共演したモデルさん、イタリアの人みたいにイブ先輩を狙ったりしないから」 “ふふっ”という、笑い声を聞きながら、俺は続けた。 「テレビに出てた写真では、あの女性一人だけが幸せそうな、勝ち誇った表情してた。でも、イブ先輩は全然嬉しそうじゃなかった、そんな顔してましたよ」 「もちろんだよ」  抱きしめる腕に、力をこめられた。 「どうせなら、新太とこうしてる写真を撮られたいからね」  それはそれで、俺も困るんだけど…。でもイブ先輩が幸せなら、いいかもしれない。  あ、今“新太”って普通に呼んでくれた…。そういえば告白されたときも。ハニーやシュガーで慣れてると、新太と呼ばれるのが照れくさい。だけどなぜか、ハニーやシュガーよりも甘く感じる。 「それにね、イブ先輩の表情があの写真とは全然違って、今は嬉しそ――」  幸せそうなイブ先輩の顔を見ようと後ろを振り返ると、唇を奪われた。  唇はチュッと音を立ててすぐに離れた。 「だ、駄目ですよ、こんな所で」  暑さのせいか人は少ないけど、誰かに見られたら大変だ。 「ねえ、子猫ちゃん。今もまだホテル住まいしてるんだけど、今日も泊まりに来る?」 「えっ…?!」  ドキッとした。ホテルに泊まるってことは、イブ先輩にまた抱かれて…先日のことを思い出して、夕日に当たっているせいもあって顔が熱くなった。  イブ先輩の唇がまた、耳元をかすめる。 「その唇、帰さない――」  CMのフレーズを生で言われて、俺はドキドキしながらうなずくしかできなかった。 ――英夜 Happy End――

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