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虎牙-02
土曜日、約束どおり寮の部屋で剣先輩を待っていた。時刻は十一時四十分、そろそろお腹がすく時間だ…。
“コンコンコン”
ノックの音がして、ドアを開けた。剣先輩だ! 休みだから私服なんだけど、真っ黒のTシャツがよく似合う。制服じゃわからないけど、胸板が厚い。剣先輩、何かスポーツをやっていたのかな?
「いらっしゃい、剣先輩」
「これ」
と言って、剣先輩はおせち料理なんかに使う、二段重ねの重箱をかかげた。
「いつもお菓子を作ってくれる礼に、弁当を作ってきた」
剣先輩のお手製お弁当! 俺は嬉しくて、頭を下げた。
「あ、ありがとうございます!」
「いっしょに食おうと思って――食堂に行くか?」
「食堂って…持ちこみOKなんですか?」
「ああ、座席は人数分あるから、自販機の飲み物を飲んだり、購買部にあるお菓子を食べてもいいんだ」
わざわざ教科書やノートを持って、お菓子とジュースをおともに食堂で勉強する生徒もいるとか。校則はあまり厳しくないようだ。ただ汚さないようにとかゴミをきちんと分別するとか騒がないとか、マナーさえ守ればいいみたい。さすが、“文武両道のジェントルマンを育てる”学園だけあるな。
寮の食堂にやってきた。何人かが、食堂の昼ご飯を食べている。今日は洋風のお弁当だ。剣先輩が重箱のふたを開けた。
「うわあ! おいしそう~! それに、きれいですね」
思わず立ち上がって、中を覗きこんだ。一段目のお重には、だし巻き卵や鶏の唐揚げ、ハンバーグに野菜炒めなどが入っている。二段目のお重には、海苔を巻いたおにぎりと、いなり寿司。
「好きなだけ食べるといい」
「はい、いただきます!」
割り箸を割り、早速いなり寿司をいただいた。甘味がある薄揚げがジュワッとジューシー。酢飯は白ごまだけ混ぜてある。シンプルでとてもおいしい。だし巻き卵も甘くてふんわりしてて、鶏の唐揚げもカラッと揚がってて味がしっかりついてる。
「おいしいです! どれもよくある家庭料理なのに、プロが作ったみたいですね」
「ありがとう。喜んでもらえてよかった」
そういえば、どこで料理を作るんだろう? いっしょにお弁当を食べながら、俺は剣先輩に尋ねた。
「剣先輩、このお弁当、どこで作るんですか?」
「学食だ。授業が無い日は学食が閉まっているから、許可さえもらえば調理場を貸してもらえる」
おにぎりを食べながら、剣先輩が教えてくれた。
運動部が試合で他校に行く場合、時間帯によって昼食を挟むときがある。そのときは学食の厨房で、部員みんなでおにぎりなどを作って持参し、移動のバスの中で食べるそうだ。
話をしているうちに、お弁当は空になった。
「おいしかった~。ご馳走さまでした。…でも、俺の方がいっぱい食べてたような…」
剣先輩は体格がいいから、たくさん食べる方だと思う。それなのに、いなり寿司もおにぎりも、俺が食べた数の方が多い気がする。
“厚かましくって、ごめんなさい”と謝る俺に、お茶を飲みながら剣先輩は穏やかに微笑む。
「いや、たくさん食べてもらえた方が、作った側としては嬉しいからな」
それは俺もわかる。作ったお菓子を“おいしい”と食べてもらえて、自分の分が無くなったとしても、作った甲斐があったと思う。
「剣先輩は、いつからお料理が好きなんですか?」
湯のみを置いて、剣先輩は少し遠くを見るような目をした。
「…小学校の低学年くらいかな。うちには住み込みの家政婦がいて、もう二十年いるんだが、その人に好奇心で料理のことを聞いたら、作り方を教えてくれたんだ」
お母さんは有名女優。家にいないことも多く、俳優をやってるお兄さんもほとんど家政婦さんに育てられたようなものだったそうだ。
「父も仕事で家をあけることが多いからな。家政婦の仕事といっても、一通り家事が終われば暇なんだそうだ。だから毎日のように、料理を教わった」
盆のある八月と正月のある一月の一か月間はまるまる休みで、それ以外はほとんど休まない家政婦さんが、実質お母さんみたいなものなんだそうだ。
「いいなあ~。剣先輩、こんなおいしい料理を作れるから。コックさんになれそうですね」
“ああ”と剣先輩がうなずく。
「卒業したら、調理師専門学校に進む。調理師免許を取って、ホテルのレストランに就職して食品衛生責任者の資格も取って、将来は小さくてもいいから自分の店を持ちたいんだ」
座席はカウンターだけで、ありふれた家庭料理が食べられる、アットホームなお店。独り暮らしで外食の多い人、共働きで料理が大変な人、そんな人たちが懐かしんでくれるような味を提供したい。剣先輩は、そんな夢を語ってくれた。
家政婦さんが作ってくれるような家庭料理が、何よりのご馳走なんだそうだ。
「よかったら明日、だし巻き卵の作り方を教えてやるぞ」
「本当ですか? 俺、お菓子しか作ったことがないから、簡単な料理も作ってみたいなって思ってたんです」
明日の午前中、学食に許可をもらって剣先輩からだし巻き卵の作り方を特訓してもらうことになった。
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