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虎牙-04

 今日も生徒会室にお菓子を届ける。今日のお菓子は、みなさんビックリするだろうな。生徒会メンバーの驚き顔を想像するだけで、ニヤニヤしてしまう。 “やあ、ハニー”とイブ先輩に出迎えられ、ワゴンを押して生徒会室に入った。 「今日のお菓子は、こちらです」  長方形の小さめなお皿をテーブルに置くと、みなさんが食い入るように“それ”を見つめた。 「玉子焼き…ですか?」  眼鏡のブリッジを押し上げて、榊会長が今日のお菓子を不思議そうに見る。お皿の上には、黄色くて四角い玉子焼き、スライスした甘酢ショウガ、醤油がかかった大根おろし。 「でも、甘い匂いがするな」  魁副会長も、不思議そうに首をひねる。 「あ、これ、よく見ると大根おろしじゃないよ」  イブ先輩が気づいた。  さて、このお惣菜(?)の正体は―― 「玉子焼き風、卵ケーキです」  卵に砂糖、牛乳、生クリーム、バニラエッセンス、小麦粉を入れて、フライパンにバターをひき、だし巻き卵の要領で焼く。  甘酢ショウガは食紅を少し混ぜたマジパンで作った。大根おろしは円錐形の型にコーンスターチを塗り、シロップを流して作ったボンボンに、溶かしたゼラチンを塗ってざらめ糖でコーティングしたもの。先っちょにコーヒーを浸し、醤油がかかったように見せた。 「玉子焼きだと思ったら甘いからビックリするけど、優しい味のケーキだね」  卵とバターの風味たっぷりの素朴なケーキを、イブ先輩も気に入ってくれた。 「一度だし巻き卵を教えただけで、きれいに焼けるようになったな。さすが遠野だ」 「いいえ剣先輩、これは生クリームや牛乳が入っているから、弱火でじっくり焼けるし失敗しにくいだけですよ」  剣先輩がだし巻き卵の作り方を教えてくれたから、できたお菓子だ。これからも料理を教わる機会があればいいな。お菓子作りに活かしたい。  今日のお菓子も大好評。ジル先輩は写真を撮ってご両親に送り、“これケーキだよ! 信じられる?”とメッセージを添えた。  部室に帰り、後片付けをする。シンクに水を張り、食器をつけた。そのとき、ドアをノックする音がした。 「はーい、どうぞー」  部室に来たのは、剣先輩だった。 「たまには後片付けを手伝おうと思って」 「えっ?! いいんですか? 生徒会の仕事は?」  シャツの袖をまくり、洗面台で手を洗いながら、剣先輩が答える。 「今日の業務は終わりだ。気にするな」    そういえばそうだ。俺がお菓子を届けるころには、生徒会の業務は終わっている。 「ありがとうございますっ」  俺が食器を洗い、剣先輩がすすいでカゴに並べる。全部洗い終わり、シンクを洗っている間、剣先輩は食器を一つ一つ丁寧に拭いてくれた。料理が得意なだけあって、後片付けも手際がいい。おかげで早く片付いた。 「ありがとうございます、助かりました」  剣先輩にお辞儀をした。やはり、右手の甲の傷跡に目が行く。正直、洗い物をしている間も、剣先輩の傷跡は気になっていた。洗剤がしみたりしないだろうか――なんて心配になったり。 「いや、いつもおいしいお菓子を食べさせてもらっているからな。部活をする上で困ったことがあったら、何でも相談してくれ」  本当に、剣先輩は優しい。生徒会のみなさんも優しいけど、さすが“文武両道のジェントルマンを育てる”聖トマス・モア学園だ。 「遠野」  ふと名前を呼ばれ、“はい”と返事をして剣先輩の目を見た。今までの優しい表情とは違う、真剣な目。 「俺の右手の傷、気になるか?」  そう言って、右手の甲を見せるように胸の前辺りで、拳を掲げた。初めて真正面から見る傷は、特に痛々しく見える。 「えっ…あの…」  しまった、自分でも意識しないぐらい、不躾なほど見ていたのかな。剣先輩は怒っただろうか…。 「すみません、あまりにも深い傷みたいなので、かなり痛いのかな…とか」  慌てて頭を下げたけど、失礼なことをしてしまったのは取り返せない。 「頭を上げろ。謝らなくていい。気にしていないからな」  恐る恐る顔を上げると、さっきまでの優しい表情。よかった、怒ってはいないようだ。 「昔、喧嘩で怪我をしたんだ。相手がナイフを持ってて」  喧嘩?! 刃物を持ち出すなんて、物騒な。 「そんな…。ナイフの怪我なんですか…?」 「ああ、ほかにも木刀で殴られたり、煙草の火を押しつけられたりしたな」  じゃあ、腕にあった傷もみんな、喧嘩でついたものなんだ。 「…どうして…そんな目にあったんですか…」 「俺の父親は映画監督で母親は女優、兄は俳優でみんな有名人だろ? なんとなく目立つっていう理由だけで、昔から不良どもに喧嘩をふっかけられてたんだ」  イブ先輩と剣先輩は二人とも目立つ存在で、中学時代イブ先輩は女の子に追いかけられ、剣先輩は上級生から目をつけられていたんだっけ。 「売られた喧嘩を買ううちに、どんどん腕っ節だけ強くなっていったんだ。本当は喧嘩なんかしたくなかった――」  そう言って、剣先輩は目線を床に落とした。剣先輩は、本当は優しい人なんだ。人を傷つけたくなかったに違いない。やらなければ、命に関わることもあったかもしれない。相手はナイフを持ち出すぐらいなんだ。 「いつしか俺は――周囲の不良から恐れられる、“喧嘩番長”なんて呼ばれたんだ。病院送りになった喧嘩相手もいた」

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