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虎牙-07

 日曜日、製菓部の材料買い出しに、駅前のスーパーに来た。薄力粉や砂糖、牛乳や卵はよく使うから、減りも早いんだ。  聖トマス・モア学園は、長期休暇のプライベートでの外出や帰省では私服。学校行事や部活で出るときは制服着用と決まっている。もう慣れたけど、うちの制服はフロックコートが無くてもシャツやベストの仕立てがいいせいで、目立ちやすい。学名がハイブランドなだけに、かなり人目を引くんだ。すれ違う人がチラチラ見ていく。名門校なんだからもっと胸を張ればいいんだろうけど、“ああ、あの子は聖トマス・モア学園の生徒だ。さぞかし頭がいいのか、素晴らしい才能があるんだろう”なんて思われたりしたら、恥ずかしくなってしまう。  スーパーを出て、バス停に向かった。途中、カラオケやゲーセンがある。高校に入学してからは行ってないな。特に禁止はされていないけど、休日の外出理由に“カラオケ”なんて言えないし、高校生の間はなかなか行けないだろうな、なんてカラオケの前を通り過ぎようとしたとき。  隣のゲーセンとの間の路地で、何やら言い争う声が聞こえてきた。こちらに背を向けている一人は、肩まで伸びた赤い髪で、耳にピアスをしている。そしてもう一人、短い髪で俺と同じシャツに、えんじ色の無地のベストを着た長身の人を見て驚いた。剣先輩だ!  喧嘩…なのかな。剣先輩は中学生のころ、不良たちから喧嘩をふっかけられていたらしい。相手はその不良の一人だろうか。  それにしても、剣先輩の目が怖い。眉が上がり、目に凄みがある。いつもはもっと穏やかで、優しくて。静かに黙っているときでも、おとなしそうな感じなのに。あんな怖い表情はしない。俺が初めて見る、剣先輩―― 「もういいだろ、どけよ」 「何だよ、ビビってんのか? お坊ちゃん校に入ったからって、腰抜けになったのかよ」  赤い髪の人が、剣先輩の肩をつかんだ。 「離せ。それとも、もう一度入院したいのか?」  凄みのある、ドスのきいた声。それも俺が初めて聞く、剣先輩の声だ。 「何だ、喧嘩か?」 「ほうっておきましょうよ」 「あっちに警察官がいたな」  気づけば後ろに三人いた。言い争う声が聞こえたようだ。俺は足早に立ち去り、バス停へと向かった。  剣先輩…喧嘩にならなければいいけど…。人がいたんだし、警察官が近くにいるとか話していたから、あの赤い髪の人だって、剣先輩に手を出さないだろう。  それにしても心配だ。よく漫画やドラマであるみたいに“お巡りさーん、こっちです!”とか言って、赤い髪の人を追っ払った方がよかったかな、なんて後悔するけど。俺にはそんな度胸はなく、バス停について深いため息をつくのだった。 「遠野じゃないか」 「剣先輩?! こ、こんにちは」  バス停で俺に声をかけたのは、剣先輩だった。紺色の校章入りのトートバッグを持っている。購買部で売ってるやつだ。俺に微笑む剣先輩は、いつもどおりだ。さっきの怖い表情じゃない、俺が知ってる剣先輩。 「製菓部の買い出しか?」 「はい。剣先輩もお買い物ですか?」 「ああ、生徒会で使うコピー用紙が足りないんだが購買部は在庫切れで、入荷までに何日かかかるから俺が買いに行ったんだ」  剣先輩は、トートバッグをヒョイと掲げた。 「庶務の仕事って、そういったお使いもあるんだー。大変ですね」 「ほとんど雑用みたいな仕事だからな。それに使いっ走りは下級生がするべきだが、イブの奴に行かせたら、ファンに囲まれたりしたら大変だろ」 「そうですね」  いつものように、穏やかに微笑みながら話す剣先輩に、安心する。今日出かけたのだって、何も柄の悪い連中が集まる場所に来たんじゃなく、生徒会の用事で買い物に来ていただけなんだ。  本当は、あの赤い髪の人のことが気になる。剣先輩に何を言っていたのか、今後つきまとわれたりしないか。  やがてバスが来た。バスに乗り、吊革につかまりながら、流れる景色をぼんやり見ていた。ふいに、剣先輩がポツリとつぶやいた。 「学園のそばにスーパーができれば、わざわざ駅前に行かなくてすむのにな」  剣先輩も料理をするから、食材を買いに時々出かけるんだろう。そんなつぶやきは、買い物のたびにバスに乗るのが面倒なのか、ああいう不良たちに出会いたくないから、どちらなんだろう。 「俺もそう思います。時間も交通費もかかっちゃいますからね」  学園の隣にでもスーパーができれば、俺も剣先輩も買い物が楽になる。その上、剣先輩が不良たちに会わなくてすむ。  けど学園の周囲は何もなくて、住宅街でもない。スーパーを作ったところで、客が来ない。そんな話は夢のまた夢。俺はただの夢でいい。でも剣先輩には、危険な目にあってほしくない。  卒業して大人になれば、もう不良たちもおとなしくなるだろう。そうなったら安心――だけど、剣先輩がいない学園は寂しいと思う。  バスとジレンマに揺れ、俺は剣先輩と学園に戻った。

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