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虎牙-08
翌日の月曜日。今日、生徒会室に持って行くのは“お菓子の家”なんだ。といっても一人に一つずつだから、小さい家。“お菓子の犬小屋”って感じかな。
ホームベース型のクッキーと長方形のクッキーを二枚ずつ、アイシングで留めて壁を作り、カットした板チョコを屋根にする。板チョコにシロップを塗り、シュガーフラワーをふりかける。薄くスライスしたカステラのドアを、ホイップクリームで貼りつける。最後に周囲にスミレやミモザの砂糖漬けを飾って完成だ!
可愛い家を六つ、ワゴンに乗せてフードカバーを被せる。生徒会のみなさん、驚くかな。ジル先輩は間違いなく、写真を撮りそうだ。みなさんの反応を楽しみに、生徒会室へ向かう。途中の廊下で、剣先輩と会った。
「こんにちは、剣先輩」
「ああ、いつもありがとう」
剣先輩が、ドアを開けてくれた。けど、表情はいつもと違って、何か重苦しいような…。
部屋に入り挨拶をして、いざ、カバーを開けよう――というときに、榊会長がいるデスクに向かい、剣先輩は気をつけの姿勢から頭を下げた。
「ご心配おかけして、申し訳ございませんでした!」
いきなりのことで驚いた。なぜ、剣先輩が謝るのだろう…。
「虎牙もこの名門校、聖トマス・モア学園の生徒であり、生徒たちの模範となる生徒会の一員ですからね、休日の行動にも気をつけてください」
「はい、今回は理事長からの注意にとどまりました。以降は気をつけます」
生徒会室もいつもと違う、重い空気が流れる。いったい何があったのか、俺からは聞けない。かといって、お菓子を出す雰囲気でもない。困って立ち尽くしていると、ジル先輩が立ち上がって注意を引きつけるように、パンッと手を叩いた。
「さあ、タイガは無罪放免になったんだし、みんなでアラタのお菓子、食べようよ」
少しだけ場の空気が軽くなったような気がした。それでも“無罪放免”という言葉は穏やかじゃない。
ジル先輩が紅茶を配ってくれて、俺もテーブルにお菓子の家を並べる。
「おや? 可愛いお菓子の家ですね」
榊会長が先程とは違い、いつもの優しい笑みを浮かべる。
「本当だ。お菓子の家なんて初めて食べるな」
魁副会長も、にこやかにおうちを眺めている。
「今回のお菓子も撮っておこうっと」
ジル先輩が携帯電話で撮影をする。
「可愛いね。周りの花もきれいだし」
イブ先輩も、無邪気な笑顔でお菓子の家を見ている。
「食べるのがもったいないな」
剣先輩からも笑顔がこぼれて、少し安心した。お菓子は重い空気をいっぺんに軽くしてくれた。いつもの生徒会室に戻った。俺のお菓子が、室内の空気を変える手助けになったとしたら嬉しい。
お菓子の家で和んだおかげか、剣先輩が訳を話してくれた。表情も、さっきよりは柔らかだ。
「さっき廊下で遠野に会っただろ? 理事長室に呼ばれて行ってきた後だったんだ」
「理事長室…ですか?」
「昨日…コピー用紙を買いに出かけたとき、昔俺に絡んできて喧嘩をした相手と偶然会ったんだ」
カラオケとゲーセンの間の路地、あそこにいたときだ。
「あいつの方から絡んできて、“仲間が近くにいる”だの“昔の仕返しをする”だのと煽ってきたんだ。もちろん俺はもう喧嘩はしたくないから、無視しようとしたんだ」
相手がしつこくするうちに騒ぎを聞いた人が集まり、片方が聖トマス・モア学園の制服で、しかもベストの色が違うことに気づき、学園に通報があったというわけだった。
「あ…あの、俺…」
俺だって見ていた。剣先輩は何もしていない。それを証明できるのは、今しかない。
「実は、剣先輩をあの路地で見かけました。バス停に向かうところだったんです。その後に、剣先輩と会ったんです」
「遠野…」
俺は榊会長の方を向いた。
「榊会長、確かに俺は、剣先輩と不良っぽい人がいっしょにいるのを見ました。でも、話している最中に人が集まってきて、俺はすぐバス停に向かいました。俺がバス停に着いた後ですぐ、剣先輩もバス停に来ました。そんな短時間だから、喧嘩にはなっていません」
そうだ、喧嘩なんてしている時間はない。ほんの二、三分後ぐらいだったはずだ。
じっと俺の話を聞いていた榊会長は、眼鏡のブリッジを指先で押し上げた。
「…わかりました。遠野君、君の話を信じます。おそらく理事長に通報した人も、君と同じような内容を話したのでしょう。ですから、理事長はすぐに虎牙を解放したのです」
安心した。生徒会のみなさんも理事長も、剣先輩が喧嘩なんてしないって信じてくれている。けど、榊会長は紅茶を飲み終えると、真剣な目つきで剣先輩の方を見た。
「普通なら見て見ぬふりをされるような事例で通報があったということは、それだけ聖トマス・モア学園がいかにハイブランドか、ということなのです。うちのような名門校の生徒が不良といっしょにいるというだけで、充分スキャンダルになります。各部で夏の予選も始まりますからね、他校生がうちを蹴落とす素ために通報、という可能性もあります。用心してください」
運動部は夏の大会がある。ライバルは少ない方がいい。フェアプレー精神は欠けるが、相手校の不祥事で出場停止を狙う奴らだっているかもしれない。
剣先輩は頭を下げた。
「はい、外出時には気をつけます」
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