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虎牙-09

 理事会主催の茶話会の日がきた。朝から部室に剣先輩が手伝いに来てくれた。 「今日はこれを使って、プチフールを作ります」  俺が作業台に置いたのは、そうめんだ。案の定、剣先輩は驚いた表情になった。 「…これでお菓子ができるのか?」  シャツを腕まくりしたエプロン姿の剣先輩が、不思議そうにそうめんの袋を眺める。 「はい。素が小麦粉ですから。うどんだって、お菓子を作れますよ」  小麦粉、水、油、塩。お菓子の材料としても変じゃない。めんつゆやうどんのだしを使うから食事になるのであって、砂糖やフルーツ、あんこを使えばお菓子になる。 「俺はフルーツを用意しますから、剣先輩はそうめんを茹でてください」 「普通に茹でるのか?」 「はい、めんつゆをつけて食べるときの、袋に書いてある茹で方です」  そうめんの土台に乗せるのは、バタークリームと桃、それにプリンから作ったカスタードとメロンだ。  桃とメロンを小さく刻む間、剣先輩はそうめんを茹でてくれる。茹であがったそうめんをザルに入れ、水で冷やす。 「手に油を少し塗ってくっつかないようにして、少しずつ取ってこんなふうに丸くしてください」  十本程度のそうめんを、クルッと円形にしてケーキの土台を作った。一人二個で、二十人分プラス俺と剣先輩の分。だから、合計四十四個。剣先輩がいてくれて、本当に助かった。  フライパンにバターを溶かし、丸めたそうめんを焼く。粉砂糖をふりかけてひっくり返し、両面に少し焦げ目がついたら出来上がり。  バットに並べて冷ましている間、クリームを二種作る。俺がグラニュー糖と水でシロップを作る間、剣先輩に卵白のメレンゲを作ってもらった。メレンゲにシロップと室温に馴染ませたバターを加えてよく混ぜて、バタークリームの出来上がり。  もう一種類は、カスタードプリンを潰して小麦粉と砂糖を入れてレンチンした物をよく混ぜ合わせた、カスタードクリーム。  冷めたそうめんの土台にバタークリームを絞り出し、刻んだ桃を乗せてアラザンを降る。  もう一つはそうめんの土台にカスタードクリーム、刻んだメロンを乗せ、砕いたゼリーを飾って完成!  二種のプチフールを二十枚の皿に乗せた。皿をワゴンに乗せ、会議室に出発! 「き、緊張しますね、剣先輩…」 「心配するな。遠野が作るお菓子はおいしい。自信を持て」  料理上手な人から言われると、それだけで不思議と自信がついてしまう。俺って、こんなに単純だったっけ。 「失礼いたします」  会議室では、スーツ姿の人がずらりと並んで座っていた。剣先輩がコーヒーを淹れ、俺がお菓子を配る。一度は自信がついたものの、やっぱり緊張してしまう。お皿を置くときに手が震え、“ガチャン”と大きい音を立てないようにするだけで精一杯だ。 「そうめんのプチフールです」  会議室に小さなどよめきが起こった。驚いているみなさんに、土台がそうめんであることを説明した。 「そうめんがお菓子になるなんて」 「初めてだね、こういうのは」 「飾りつけが可愛いですね」  なんて、口々にそう言われて照れてしまう。ありがたいことに、みなさん完食してくださった。ケーキよりも口当たりがさっぱりしててヘルシーな『そうめんプチフール』は、大好評だった。 「遠野君、さすが私が見込んだだけのことはあるね」  そう褒めてくださったのは、理事長だ。 「今日の茶話会を楽しみにしててね。初めて君のお菓子を食べたが、想像以上のおいしさだったよ」  小太りの理事長は、にこにこ笑顔だ。ほかのみなさんから拍手が起こる。 「あ…ありがとうございますっ」  うわあ、理事長に気に入っていただけた。この聖トマス・モアに来てよかった。 「それと――剣君」  理事長は剣先輩にも声をかけた。先日の件では…と心配したけど、理事長はにこにこ顔のままだ。 「君もお手伝いしてくれたんだね。ありがとう。生徒会の仕事も、いつもご苦労様」 「はい、ありがとうございます」  よかった、この間の話ではなかった。理事長だって、剣先輩が問題を起こさないどころか、真面目に生徒会の仕事に取り組んでいるということは、わかってくれている。  もう一度お礼を言って、会議室を出た。その瞬間、空気が抜けたみたいに、全身の力が抜けてその場にへたりこんでしまった。 「緊張したぁ~…」 「大丈夫か、遠野」 「ああいう場、苦手なんですよ」  剣先輩が腕をつかんで起こしてくれた。 「俺もだ。ああいう場が苦手じゃないなんて、榊会長ぐらいなもんだろう」  フッと柔らかい笑みを浮かべ、剣先輩がクシャッと髪をかき混ぜるように頭を撫でてくれた。それだけなのに、ドキドキした。その後部室でプチフールをいっしょに食べている間も、妙にドキドキした。会議室で緊張してドキドキしたのとは全く違う、苦手意識はないのに苦しいドキドキが続いていた。そして、後片付けを済ませて寮に戻った後は、ドキドキはおさまったけど剣先輩のことばかり考えていた。

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