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虎牙-10
夏休みが近づいてきた。夏休みの間は生徒会活動は無く、製菓部もしばらくの間はお休み。かといって、のんびりできない。マンネリ化を防ぐため、実家で新作のアイディアを練らないといけない。それに秋には文化祭があるから、どんなお菓子を作るのか、カフェ形式にするのか店舗やワゴンのようなもので販売するのか、あらかじめ決めておいて計画を少しずつ立てないといけない。
夏休みが終われば前期のテストもあるから、やることはまず、テスト勉強なんだけど。苦手な科目は、古文に数学に歴史に生物…いや、多すぎるだろっ。それに、問題の傾向がわかりづらい美術。美術の選択授業のときに、中山にわからないところは聞いたりしてるけど、テストにどんな問題が出そうか聞いたら、教えてもらえるだろうか。
土曜日、学園内の図書館に来た。参考書でもあるかなと覗いてみたら、各教科ごとにズラリとそろっていて、どれを参考にすればいいのかわからない。適当なのを何冊か――いや、貸し出しは一週間だから、何冊も借りても読み切れない。二冊だけにしようと、古文と数学の代数を借りた。
「遠野」
カウンターで声をかけられ、振り向くと剣先輩がいた。
「剣先輩、こんにちは」
「お前も本を借りにきたのか」
「はい、テスト前に慌てないよう、今から苦手な科目を克服しようかと」
何冊も参考書を借りなくてよかった。剣先輩に、どれだけ苦手科目があるんだって、呆れられてしまうところだった。
「剣先輩は、小説ですか?」
「ああ、休日は特に予定が無いからな」
剣先輩は文庫本に貼られたバーコードを、専用のリーダーにかざす。隣のタッチパネルにクラスと出席番号を入力すると氏名と返却の期限日が表示され、手続き完了。
予定が無い、なんて言ってるけど、テスト勉強はどうなんだろうか。
「剣先輩はA組だから、授業のレベルも高いんですよね。大変だろうな」
「ああ、正直ついていくのがやっとだ」
不良たちが絶対にいない全寮制の学校に入る、その目的のために聖トマス・モアを選ぶなんて凄いけど、成績順にクラスを分けられる中でA組のランクを保っていられるなんて、もっと凄い。
本校舎への渡り廊下を通り、本校舎の廊下から正面玄関に出た。ここから寮まではすぐだ。話をしながら歩いてたけど、なんだか名残惜しい。また、月曜日の放課後には会えるのにな。
寮についた。別の棟に部屋がある剣先輩とは、ここでお別れ。
「じゃあ剣先輩、ここで失礼します」
「遠野」
頭を下げた俺に、さっきみたいに声をかけてくれた。
「夏休み、よかったら俺の実家に遊びに来ないか? 勉強を教えてやるぞ」
俺が、剣先輩の実家に?!
「えっ…、いいんですか…?」
「ああ、両親は留守がちで、兄は違う家にいる。家政婦は休みが無い分、八月と一月に丸々休みがあってそのときは帰省するから、その間なら誰もいないから気兼ねしなくていいぞ」
剣先輩の実家ってことは、剣鷹彦監督や女優の白鷺澪華さんが生活している場ってこと?! そんな空間に、俺なんかが行ってもいいのだろうか…。
「あの…ご迷惑になりますから…」
「迷惑じゃない。俺は休みの間暇だ。仲のいい奴なんて、イブだけだからな」
中学の頃なんて、近づいてくるのは喧嘩目的の不良だらけ。グループも作らず孤高の一匹狼だった剣先輩には、まともな友達はイブ先輩しかいないんだ…。
「あの、俺、剣先輩の…“仲のいい奴”になれますか?」
厚かましいお願いだとはわかってる。でも、剣先輩はあまりにも孤独だと思ったんだ。学年も学校も違う奴にさえ、恐れられてしまうなんて。剣先輩がこんなに優しくていい人だなんて知らずに。
目を丸くして、剣先輩が俺を見下ろしている。いきなりこんなこと言い出したから、びっくりしたんだろうな。
「ああ、そう言ってくれると嬉しい」
クシャッと髪をかき混ぜられた。どうしてだろう、これだけのことなのに、ドキドキする。
「じゃあ、仲のいい奴なんだから、夏休みに俺んちに泊まりに来い。いいな?」
そう言って、剣先輩は俺の髪をさらにクシャクシャにした。
「ひ、酷いですよ~剣先輩っ」
ハハハッと声を出して笑う剣先輩が無邪気に見えて、余計にまたドキドキしてしまった。
八月一日から二泊三日で、剣先輩の家に遊びに行くことが決まった。
剣先輩の背中を見送った後気づいたけど、胸の辺りでギュッと握りしめていた古文と代数の参考書が、汗でしめっていた。七月の暑さがそうさせたのか、それとも違う熱さだったのか。そう考えたとき、剣先輩に対する気持ちが少し変わりつつあった。
剣先輩、俺はイブ先輩よりも“仲のいい奴”になれますか…?
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