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虎牙-11

 八月一日。今日から三泊四日で、剣先輩の実家で勉強を教えてもらう。緊張するなあ…剣鷹彦(つるぎたかひこ)監督と、女優・白鷺澪華(しらさぎれいか)さんの家。俳優の剣獅子(つるぎレオ)さんも、ここで生まれ育ったんだ。剣先輩が最寄り駅まで迎えに来てくれて、そこからバスで十分。大豪邸に着いた…。  聖トマス・モア学園に似た鉄製の門を開けると、水瓶を持った女神みたいな彫刻の噴水が。石の小道の両側には、きれいに刈られた背の低い木がずらりと並ぶ。木だけじゃない。花壇もあって、ベンチにテーブル、東屋まである。  蝉時雨が鳴り響く広い庭の小道を、玄関に向かって歩く。 「何となく、聖トマス・モアの庭みたいですね」  聖トマス・モアも日常とは違う、まるで外国映画の世界に迷いこんだみたいだけど、剣先輩の家もそんな感じだ。 「だからかな。教室から見る景色が好きなんだ」  剣先輩は、この実家が好きなんだそうだ。芸能人一家って、意外に仲が悪いとか確執がありそうだけど、剣一家にはそんな心配がなく、家族みんな仲がいいらしい。 ふと、花壇の方に目を向けた剣先輩の横顔に、思わずドキッとした。意外と鼻が高い。目はよく見ると奥二重。こうしてよく見ると、お兄さんの剣獅子さんに似てて―― 「どうした、遠野」  名前を呼ばれてハッと気がつくと、剣先輩と目があった。じっと見てたこと、気づかれた?! 「あ、す、すみませんっ、なんか思わず見とれちゃって」  言ってしまって、一気に顔が熱くなった。真夏の日差しで暑いのに、余計体温が上がった。 「いや、構わない。庭を見たいなら、いつでも自由に外に出るといい。けど、熱中症に気をつけろよ」  よかった…。剣先輩には、庭に見とれていたと思われたみたい。こんな俺が剣先輩をじっと見ていたなんてバレたら、きっと気持ち悪いって思われる。  それでやっと気づいた。俺は、剣先輩のことが好きなんだ。先輩といっしょにいると、ドキドキする。それは、上級生といっしょにいる緊張感だけじゃないんだ。その証拠に、普通は別れたら開放感があるだろうけど、俺にはそんなものは無い。寂しさが残るんだ。もっといっしょにいたい、髪を撫でてほしい。欲張りだけど…手を繋いだり、それ以上のこともしたい。  剣先輩に知れたら、絶対気持ち悪いと思われてしまう。だから内緒にしないと。卒業して、剣先輩が俺のことを忘れてしまうまで、この気持ちは隠しておかないと。  玄関から中に入ると、これまた別世界。豪華なシャンデリアの玄関ホールを抜けると、豪華で分厚そうな絨毯が敷かれた居間。座り心地よさそうなソファーが大理石っぽいテーブルをぐるりと囲んでいて、ざっと二十人はゆったりと座れそうだ。真っ白な暖炉もあったが、剣先輩は“あれは飾り物だ”と言った。  ダイニングはパーティーでもできそうなほど長くて、金ぴかな燭台まである。剣先輩によると暖炉も燭台も、お母さんの趣味だそうだ。西洋アンティークが好きらしい。 「昼飯は?」 「食べてきました」 「そうか。じゃあ、俺の部屋に行くか」  途中まで螺旋状になった階段を上がると、部屋がいくつも並んだ廊下だ。一番手前の部屋を開けた。内装がまるで西洋のお城みたいだから、剣先輩の部屋も――なんて思ったけど、シンプルでモダンなインテリアだった。  黒い革張りのソファー、長方形のガラスのテーブル。本棚の隣、脚が金属製の机は勉強机だろうか、寮の机に似ている。まるでどこかのオフィスみたい。  全体がモノトーンで、数字の無いおしゃれな壁時計と、モダンアートのような抽象画のパネル以外は、何も飾っている物が無い。  俺の部屋の倍以上はありそうな広さだけど、最小限の物しか置かれていない、シンプルな部屋だ。いかにも剣先輩らしくて、かっこいい。 「素敵な部屋ですね。剣先輩に似合ってて、かっこいい」  剣先輩は少し照れたような笑顔を浮かべて、俺にソファーをすすめた。 「何も無い殺風景な部屋だろ? 料理以外にあまり興味が無いから…。よかったら、テレビでも見て待ってろ。飲み物を用意してくる」 「あ、俺、手伝います」  革張りのソファーから立ち上がった俺は、両肩を押さえられ、もう一度ソファーに座らされた。 「いいから、座っとけ。お前はお客さんだ」  剣先輩が部屋を出た後、押さえられた両肩がジンジンとうずくようだった。剣先輩の手が、俺の肩に…。それを思い出すだけで、耳まで熱くなる。クーラーがよく効いた部屋なのに。  卒業するまであと何度、こうして剣先輩に触れられるだろうか。卒業した後は、つらく苦い思い出になるんだろうか。何年かして、剣先輩が調理師になってからお店に客として会いに行ったら、想いが再燃するんだろうか。  そんなことをつらつらと考えているうちに、剣先輩はアイスコーヒーのグラスを二つ、持ってきてくれた。

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