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虎牙-12

 アイスコーヒーを飲みながら、剣先輩に勉強を教えてもらった。聖トマス・モアは二期制で前期の終わり、つまり夏休みの後にテストがあるんだ。夏休みの課題をしっかりやっておくと、テスト勉強の代わりになる。それでも万が一テストで赤点なんて取ったら大変だから、追加でテスト勉強をやっておかないといけない。  さすがA組、剣先輩はとても丁寧に教えてくれてわかりやすい。歴史は教科書を見なくても何年に何が起きたか覚えてるし、数学は教科書に無い例題を、数字を変えて作ってくれる。  午後二時頃から始めて、歴史と数学をみっちり二時間ずつ、時刻は午後六時になろうとしていた。壁時計を見上げ、剣先輩がつぶやく。 「…もう六時か…。今日はここまでにして、いっしょに夕飯を作るか」  なんと、剣先輩といっしょに、また料理ができる! 俺は喜んで教科書やノート、筆記具を片付けると、剣先輩についてキッチンへと向かった。  庭も部屋も広けりゃ、キッチンも広い。ダイニングと合わせて、レストランが開けそうだぞ。剣先輩にエプロンを貸してもらい、手を洗った。業務用みたいなやたらデカい冷蔵庫を開け、剣先輩は次々と野菜や肉を出す。 「家政婦さん、これだけ広いおうちを掃除するのって、大変でしょうね」  レタスやトマトを調理台に置きながら、剣先輩が答える。 「いや、一人でするには広すぎるから、掃除は全て業者を呼んでいる。庭も専門の業者に頼んでる。衣類も、部屋着や下着など以外はクリーニングだし」  それでも、キッチンなどの水回りや玄関先など、家中をきれいにキープしてくれているそうだ。それに、お客様があったときには、おもてなし料理をいつでも作ってくれるそうだ。 「運動会の徒競走で一着だったときは、俺の好物のカレーライスを作ってくれたんだ」 「優しい人なんですね」 「ああ、俺が喧嘩で怪我して帰った日も、何も言わず手当てしてくれたっけ」  剣先輩の二人目のお母さんみたいな家政婦さん。会ったことはないけど、このキッチンで甲斐甲斐しく働く姿が目に浮かぶようだ。一度会って見たいな。 「ほら、今日はカレーを作るぞ」  そう言って、剣先輩はじゃが芋を俺に放り投げた。それをキャッチし、水でよく洗ってから、ピーラーで皮をむいた。剣先輩は、手際よく米をとぐ。炊飯器のスイッチを入れたら、今度は人参の皮むき。剣先輩は、ピーラーを使わず包丁で人参を器用にむく。カレーの野菜、サラダの野菜を切り終えた後、剣先輩は棚からいろいろな小瓶と小麦粉を出した。 「あれ…剣先輩、カレールーはこれだけですか?」 「それはカレーパウダーだ。それにスパイスを加えて小麦粉を炒め、カレールーを作る」  凄い! 市販のルーを使わない、本格的なカレーだ!  手作りカレーは、市販のカレールーとは匂いも味も違う。まるで、レストランのカレーだ。それでいて、人参やじゃが芋がゴロゴロ入っていて、家庭的な味もする。  サラダのドレッシングも手作り。オイルと塩こしょう、パセリやハーブを入れて作るんだ。  食卓につき、出来上がったカレーを食べる。最高だ! 剣先輩といっしょに作ったカレー。スパイスの分量は覚えてないけど、また作り方を教えてくださいって言ったら、だし巻き玉子のときみたいに教えてくれるかな。 「誕生日には、いつもカレーだったんだ」  運動会で一着だったとき、テストでいい点を取ったとき、誕生日のとき。家政婦さんは好物のカレーを作ってくれたそうだ。 「剣先輩って有名な一家の息子さんだし、誕生日にはフルコースとか会席料理とか、豪華なものを食べてると思いましたよ」 「そんなことはない。兄貴の誕生日は、オムライスだった」  このテーブルで、俳優の剣獅子がオムライスを食べる。何だか親しみがわいてきそうだ。 「いいですね、俺はカレーもオムライスも大好きですよ」  カレーを三杯もおかわりした。野菜サラダもおいしかった。このドレッシングなら、苦手なピーマンやブロッコリーも食べられるかな。 「遠野、誕生日はいつだ?」 「あ、そういや俺、明日が誕生日です。八月二日」  剣先輩のスプーンが止まった。 「本当か? じゃあ、明日は遠野の好きな物を作ろう。何がいい?」  うーん…。甘い物以外で好きな物。と言われたら、困ってしまう。カレーもオムライスも好きだし、焼き肉やハンバーグも。 「…迷っちゃいますね~。剣先輩といっしょに料理ができるなら、俺は何でもいいですよ」  剣先輩といっしょなら、何を食べてもおいしい。いっしょに料理していっしょに食べて、まるでいっしょに住んでるみたいだ。そう考えたら、顔が熱くなった。 「どうした遠野? カレー、辛すぎたか?」 「いえっ、そんなことないですっ」  額に汗びっしょりで、慌てて水を飲む。  剣先輩も水を一口飲むと、ぼそりと言った。 「…そうだな、明日は庭でバーベキューにするか」 「バーベキューですか…?」 「ああ、うちにセットがある。いっしょに焼いて、ソースも作っていっしょに食べよう」  やった! 明日は剣先輩とバーベキューだ!

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