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虎牙-13
夕食後、いっしょに後片付けをして、剣先輩に“先に風呂に入れ”と言われたので、お言葉に甘えて先に入らせてもった。先輩を差し置いて、と思ったけど剣先輩のことだから、“お前はお客様だろ”と譲らないだろうから。
お風呂の後、リビングのソファーに向かい合って座り、しばらく話をした。剣先輩は家族のことを教えてくれた。忙しくてなかなか家族で過ごせないけど、互いに近況を話したり、全員そろうときはなるべくいっしょに食事をしたりするそうだ。お兄さんの獅子 さんとも、よくメッセージのやり取りをしているらしい。
「親父やお袋、兄貴も俺が芸能界に行きたいならそうすればいいし、ほかになりたい職業があればやればいい、という感じなんだ」
ご家族はみんな、剣先輩が調理師になることにも賛成らしい。
「いいご家族ですね。剣先輩がレストランを開いたら、きっとお店に食べに来てくれますよ」
“ああ、そうだな”と剣先輩は照れ笑いをする。きっと、その様子を想像したのだろう。
「もしも剣先輩が自分のお店を持ったら…、俺はパティシエになって、そのお店でデザートを作りたいですね」
「料理とデザートのうまい店か。レストラン兼カフェだな。楽しみだ、頑張れよ」
それはただ漠然としたものでなく、将来に進むための“頑張れ”だ。剣先輩は、そんな大事な話を適当にしない人だ。
「もうそろそろ寝るか」
時刻は十二時になろうとしている。楽しい時は、すぐに過ぎるもんだ。
「この部屋を使ってくれ」
そう言われて通されたのは、一階の客間。剣先輩の部屋と同じぐらい広く、大きなタンスとちょっとした書き物ができそうな机に一人掛けのソファー、ダブルベッドの横には引き出しつきサイドテーブル。おしゃれなレースみたいな模様のシェードに覆われた電気スタンドが乗っている。奥に小さなドアがあり、その向こうはユニットバスになっている。まるで一流ホテルみたいだ。
窓からは中庭が見える。所々灯りが灯っていて、聖トマス・モアみたいなバラのアーチがぼんやり浮かび上がる。あれもお母さんの白鷺澪華さんの趣味かな。
「きれいな部屋ですね。なんだかもったいないような」
「何か欲しい物があったら、遠慮なく言え」
本当に遠慮なく言ったりしたら、“剣先輩と一晩中いっしょにいたい”とか恥ずかしいことを言い出しそうなので、そこは遠慮した。
「いえ、充分ですよ。じゃあ、お休みなさい」
「お休み」
ベッドに入ったときには、十二時を回っていた。俺は、十六歳になった。
寝心地のいいベッドだけど、なぜか早くに目が覚めた。きっと、慣れない場所だからだろう。まだ朝の六時だ。着替えて顔を洗って、剣先輩を起こしに行っちゃおうかな。そうしたら、剣先輩の寝顔を見られるかも…。寮で同室の人はいいな。毎日剣先輩の寝顔を見られて…。
身支度を済ませ、部屋を出た。確か、二階に上がる階段はこっち――と、ダイニングの前を通ると、奥の方で物音が聞こえた。まさか、剣先輩がもう起きてるのかな? ダイニングを通り抜け、隣のキッチンを覗いてみると、水の音が聞こえた。エプロン姿の剣先輩が、野菜を洗っている。
「おはようございます、剣先輩」
剣先輩は水を止め、ザルの野菜の水を切る。
「おう、おはよう。早いな」
「俺も手伝います」
「そうか、じゃあ、卵を割ってもらおうかな」
昨日のエプロンを借りて、俺も朝食作りを手伝う。メニューはプレーンオムレツとベーコン、サラダとトーストらしい。
何だか本当に、いっしょに住んでるみたいだ。顔に出ないようにしても、つい筋肉がゆるんでしまって、しまらない顔になってしまう。
「どうした、ニヤニヤして」
と、剣先輩に言われて気づくのだった…。
午前中も勉強を教えてもらい、昼食をすませてからも勉強。この二日間で、苦手な分野を克服できそうな気がする。
午後四時、勉強を切り上げ、剣先輩は買い物に行こうと言った。そうだ、今日は庭でバーベキューだ! 雨の心配はないし、蒸し暑いけど思い切り食べるぞ!
剣先輩といっしょに、近くのスーパーに行くことにした。近くといってもこの辺は静かな住宅街で、大きな家だらけだ。いわゆる、高級住宅街。だから、お店なんて見当たらない。コンビニすら無いんだ。この辺の人は車で出かけたり、デパートから外商が来るから不便はないと剣先輩は言うけど。
俺たちはバスでスーパーに行く。バス停までも、車がたまに通るぐらいの静かな道だ。周囲はまだ明るい。けど、人通りもほとんどなくシンとしている。
それなのに、全く気づかなかった。俺たちの後ろを、何人もの奴らにつけられていたことを。そして俺は、いきなり後ろから羽交い締めにされて口にタオルを当てられた。
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