101 / 127

虎牙-14

「何だ、お前ら!」  振り向いた剣先輩は後頭部を何かで打たれ、その場に倒れてしまった。 「剣せんぱ…!」  叫ぼうとしたら、当てられていたタオルは猿ぐつわとして、後ろで結ばれた。うまく声が出ない…! 誰だ、こんなことをするのは?!  羽交い締めされてうまく動けないけど、必死に首を回して後ろを見た。剣先輩を殴ったのは、赤い髪にピアスの――あの日、カラオケとゲーセンの間の路地で、剣先輩に絡んでた奴だ! 手には黒くて細長い袋状の物を持っている。ブラックジャックってやつだろうか。  気を失った剣先輩は、道路を挟んで住宅街の向かい側、雑木林に二人がかりで引きずられて行った。 「お前も来い!」  手を後ろ手に紐のような物でしばられ、まるで犯罪者みたいに雑木林の奥にしょっぴかれた。中は意外と暗い。背の高い木が、空を覆っているようだ。  足首も紐でしばられ、雑草と土の上に転がされた。剣先輩も隣で倒れたままだ。やがて、剣先輩は小さなうなり声を出して気がついた。 「よう、剣。やっとお前に仕返しができるな」  剣先輩はフラフラと立ち上がる。 「椛島(かばしま)…、貴様…!」 「おーっと、刃向かうつもりなら、こいつにも同じ罰を受けてもらうぞ」  赤い髪の椛島と呼ばれた人が、俺の腹を蹴った。 「ぐっ…!」 「よせっ! そいつには手を出すな!」  剣先輩は体の横で拳を握りしめる。その拳は震えていた。まるで、自分自身を抑えているようだ。 「ほーう…、状況がわかったようだな」  椛島はブラックジャックを握りしめる。バシッと近くの木を殴ると、葉っぱがハラハラと落ちた。これからコレで殴るぞ、そう宣言しているみたいに。 「ああ、俺を好きにすればいい。けど、そいつにだけは手を出すな」  剣先輩…! だめだ、そいつらの思い通りにさせちゃ…! 必死で止めたかったけど、猿ぐつわが邪魔で何も言えない。そうだ、足は縛られてても、何とか動ける。こいつらにタックルを食らわせて―― 「動くな!」  起き上がろうとした俺に命令したのは、剣先輩だった。剣先輩は、もう一度椛島の方を向く。 「俺もあいつも、いっさい手出しはしない。警察や学校にも言わない。それでいいか?」 「ふふ~ん、さすがお坊ちゃん高校に行けるだけ、お利口でちゅね~」  一歩、また一歩と椛島が剣先輩に近づく。 「いいだろう、こっちのガキに用はない。お前はいっさい手を出さない。それでチャラだなっ!」  椛島がブラックジャックを振り回すと、剣先輩のこめかみ辺りに当たった。酷い! あの中身は砂だろう。ぎっしり詰まっていると、殺傷力がある。もし、剣先輩が死んでしまったら…!  フラついて剣先輩が地面に手をついた。すぐさま、ほかの仲間が剣先輩に蹴りを入れる。卑怯だ! 剣先輩は抵抗もしないのに…。 「ううーっ!」  どんなに叫ぼうとしても、剣先輩には届かない。  剣先輩はうずくまった。周りを不良たちが取り囲み、次々と蹴りを入れる。丸まった背中を、ブラックジャックが打ちのめす。  何とかして携帯を出して警察を呼びたかったけど、剣先輩は約束した。警察に言わないって。だから俺も、約束を守らないといけない。俺が余計なことをして、そのせいで剣先輩がもっと酷い目にあったりしたら…。  でも何もできなくて歯がゆい。剣先輩を助けたい。俺が盾になって、少しでも先輩のダメージがなくなるなら。俺は地面を這いずり、剣先輩の方に近寄ろうとした。 「く…来るなっ…、うぐっ!」  殴られながら蹴られながら、剣先輩は俺を止めた。そうか、俺が盾になったところで、さらに剣先輩が痛めつけられるかもしれない。俺にはどうすることもできない。大好きな剣先輩を守れない。俺は無力だ――  しばらくしてから、“ジーッ”という音が聞こえた。何の音だろうと顔を上げると、土の上に座らされた剣先輩が、後ろから羽交い締めにされ、うなだれた状態の頭に何かを当てられている。バリカンだ! 「うーっ!」  やめろ、という叫び声が猿ぐつわのタオルに吸いこまれるようで、声は奴らに届かない。  俺の目の前で、剣先輩の髪が刈られていく。床屋がきれいに刈るみたいじゃなく、あちこちまばらに…。 「はははっ、ざまあねえな」 「助けを呼びたくても、そんな格好じゃ恥ずかしいよな」 「ま、帰って大女優のママに泣きつきな」  次々に蹴られて爪先で土をかけられ、ツバもかけられ、そんな剣先輩を見て笑いながら不良たちは去って行った。剣先輩の周りには、無残に刈られた髪の毛と血の跡がいくつかあった。  俺は手足を縛られたままで這いずり、先輩に近づく。けど、このままでは何もできない。すぐに剣先輩を手当てしたいのに。いや、救急車を呼ぶべきだろうか。 「…すまな…かったな…遠野…お前…巻きこんで」  血だらけの手で顔をしかめながら、剣先輩は俺の猿ぐつわと紐をほどいてくれた。かなり強く縛られたせいか、なかなかほどけなかった。タオルも紐も血まみれだ。俺の拘束を解いてくれた後は、力尽きたみたいにゴロンと横になった。 「剣先輩…ごめんなさいっ、俺…何もできなくて…!」  急いで救急車を呼ばないと! 震える手で携帯を操作するけど、涙でぼやけて画面が見えない。 「あ、救急車、おねが…ヒック、します、け、けが人…ヒック」  涙が止まらずしゃくりあげて、うまく説明できない。住所を聞かれ、よくわからず剣先輩に聞いてその通りを告げたけど、救急車が来るまではうまく伝わったかどうか、心配だった。

ともだちにシェアしよう!