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虎牙-15
剣先輩といっしょに救急車に乗り、病院についた。治療を受け、剣先輩のストレッチャーは個室の病室に入った。剣先輩は左太腿と右手首を骨折、背中と後頭部に打撲、あとは擦り傷だった。頭を打っているし、打撲は内臓や脳の損傷も心配なため、一週間ほどの入院になる。
事件性があると病院が判断したため、警察が来た。怪我の無い俺は廊下で、剣先輩は個室の病室で警察官にいろいろ質問された。
俺は相手のことを全く知りませんと話した。剣先輩は全く手を出さず無抵抗だったことも話した。剣先輩は被害者だが、報復のこともあるため、被害届は出さないと主張したそうだ。
警察官と話をしている途中、急いで病室に入って行った人がいた。剣先輩のお母さん、白鷺澪華さんだ。つばの広い帽子とサングラス、マスクまでしていたけど間違いない。
警察官の話が済んだ。白鷺澪華さんが出たら剣先輩に会って帰ろうと廊下で座って待っていたら、病室の引き戸が開いてマスクを外した白鷺澪華さんが顔を出し、俺に笑顔で会釈した。
「あなたが…遠野さん?」
「あ、はい」
俺は立ち上がり、お辞儀をして自己紹介した。腰をかけた白鷺さんに、少しお話があるので座って、と促された。
「このたびはごめんなさいね…。あの子のせいで」
「いえ、俺は…剣先輩が痛めつけられるのを助けられなくて…ただの足手まといでした…。俺がいなければ、剣先輩は…あんな目に…」
情けなくて涙が出てきた。
「いいえ」
俺の顔を覗くように、白鷺さんは少し首を傾けてにっこり微笑んだ。
「あなたがいたから、大問題にならなかったのよ。あなたを守りたかったから、虎牙は手を出さなかったんだわ」
病室に入ったときとは違い、白鷺さんはすっかり落ち着いていた。骨折したとはいえ意識もはっきりしているし、とりあえずは安心したのだろう。
「きっと一人だったら、我慢できずにやり返していたかも。あの子はそうして、喧嘩ばかりしていたのよ。元々は私たちのせい…目立つから、って言いがかりをつけられたのだけど」
剣先輩も言っていた。本当は喧嘩をしたくなかった、って。誰も傷つけたくなかったんだ。
「遠野さん、虎牙は…あの子は、あなたに危害が及ばないように、というだけでなく、人を傷つけるところをあなたに見られたくなかったんだと思うわ」
俺は膝の上で組んだ両手をにぎりしめた。
「剣先輩の昔を…俺は知りません。でも、今はとても優しくて頼りになる人で、よく笑ってくれて…。剣先輩は、過去のことを少し話してくれたとき、“本当は誰も傷つけたくなかった”と、言ってました。だからこれからも、喧嘩をすることは絶対にありません」
白鷺さんが立ち上がり、俺の真正面に立った。
「このたびはご迷惑おかけしてごめんなさい。これからも…あの子のこと、よろしくお願いします」
白鷺さんは深々と頭を下げた。俺も慌てて立ち上がり頭を下げる。
「あ、いえ、迷惑だなんてそんな…。こちらこそ、よろしくお願いします」
“ちょっと顔を出してあげて”と言われて病室を覗いてみたけど、剣先輩は眠っていた。警察官と話をして、疲れたんだろうか。白鷺さんと廊下で話をしている間に、眠ってしまったようだ。
今朝は剣先輩の寝顔を見たいなんて思ったけど、こんな形で見ることになるなんて…。顔のアザと、無惨に刈られた頭が端正な顔を台無しにしていた。
「じゃあ、車でおうちまで送ってさしあげますね」
「いえっ、そんな…そこまでご面倒おかけするわけには…」
「あら駄目よ。あなたの親御さんにご挨拶もしないといけませんからね。警察や学校から連絡があるかもしれないし」
そうなると、俺一人では説明しきれない。白鷺さんがいてくださると助かる。お言葉に甘え、俺は白鷺さんのおそらく外国産だろうと思しき車に乗せられた。
「虎牙がね、あなたのことをしきりに心配していたのよ」
左ハンドルの外車の中、慣れない右側の助手席に座り、白鷺さんの話を聞いていた。
「怪我をしていないか、ショックを受けていないか、とかね。あの子が取り乱しながら自分より他人の心配をあれだけするなんて、初めてだわ」
それを聞いて、何だかくすぐったくなった。白鷺さんが言うには、剣先輩にとって、俺は“特別な存在”らしい。
「そんな…剣先輩には、英イブ先輩っていう親友がいるのに」
「そうね、イブ君は親友だけど、あなたはどこか違うのかしらね」
親友でも、ただの先輩後輩でもない“特別”。それがどんなものなのか。もし、剣先輩にとって俺は弟みたいなものだとしたら、それは“特別”ってことで喜んでいいんだろうか…。
車が実家に着いた。いきなり女優の白鷺澪華さんが来て両親はビックリしたけど、“うちの息子に以前から嫌がらせをしていた子たちに、息子が暴力をふるわれました。遠野さんがその場に居合わせたために警察からいろいろとお話を聞かれました”というふうに説明してもらい、安心したようだ。
学校にも連絡はするが、警察とも話し合い、被害届は出さないということに落ち着きました、と説明するので、特に問題はないでしょうとのことだ。被害者である剣先輩が、停学になるなんてことはなさそうだ。
白鷺さんにお礼を言って、後日お見舞いにうかがいますと話した。
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