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虎牙-16

 剣先輩が入院して三日目、お見舞いに行った。翌日よりも症状が落ち着いているだろうと思ったからだ。昼食も済んで、ベッドの上で本を読んでいたところだった。 「剣先輩、頭が――」 「ん? ああ、夏休みが終わるころには、少し伸びるだろ」  きれいに刈られたスキンヘッドを、剣先輩が左手で撫でる。むちゃくちゃに刈られた頭を元に戻すには、一度全部丸刈りして伸ばしていくしかない。髪を刈るなんて、傷害罪に当たるはずだ! 腹立たしいけど、剣先輩のスキンヘッドはよく似合う。目つきが鋭いし、眉はキリッと上がってるし、ちょっと怖く見えるかな? でも、かっこいい。惚れ惚れしてしまう。  脳波の検査は異常なかった。ほかにも異常がなければ、体力の回復具合で、あと三日間ほどで退院できるそうだ。脚や腕にギプスはしているけど、ようやく動くことにも慣れてきたらしい。顔色もよかった。  俺はお見舞いに持ってきた手作りスイーツの紙袋をサイドテーブルに置き、丸椅子に座った。 「最悪の誕生日になったな…」  ベッドの上で、剣先輩は残念そうにうつむいた。剣先輩といっしょに過ごすはずの誕生日。もしも何か一つ、プレゼントがもらえるとしたら。“剣先輩と遊びに行きたいです”って言いたかった。“デート”なんて言う勇気は無いけど。 「じゃあ来年、お願いします。剣先輩といっしょにバーベキューしたいですから」  剣先輩が顔を上げた。“ああ”と嬉しそうに微笑む。 「剣先輩の誕生日はいつですか?」 「俺は十一月三日だ」  文化祭の初日だ。聖トマス・モアの文化祭は、十一月の第一土曜と日曜の二日間開催される。今年は十一月三日と四日なんだ。その日に何かしてあげられたらいいな。生徒会で承認されたら、カフェをするつもりだ。何かプレゼントできるものを考えよう。 「文化祭、楽しみにしててくださいね」 「何をくれるんだ?」 「これから考えます。ていうか、教えちゃったらつまんないじゃないですか~」 “それもそうだな”と、剣先輩が笑う。よかった、少し元気が出たみたい。 「ところで遠野、何を持って来てくれたんだ?」  俺は紙袋を開けた。ガラスの器とスプーン、タッパーに入った羊羹と白玉とフルーツ、それに小瓶に入った黒蜜を出した。保冷剤も入れておいたから、みんなよく冷えてる。 「これで、羊羹と白玉のあんみつ風を作ります」  作るといっても、ガラスの器に羊羹と白玉、缶詰めのパインとみかんを入れて、黒蜜をそそぐだけ。 「はい、どうぞ」  と器を渡したけど、利き腕の右手首は骨折している。スプーンだけど、左手じゃ食べにくいかな? 「すまないが、食べさせてくれないか?」 「ええっ?!」  俺がスプーンを持って、剣先輩の口に“はい、あーん”とかするの?! やりたいけど、恥ずかしい…。 「病院の食事も、ついこぼしてしまうんだ。だから頼む」 「あ…はい」  う、嬉しい…。ドキドキする…。手が震える。まずは羊羹を黒蜜ごとすくって、剣先輩の口元に持っていった。 「はい、あーん」  雛鳥みたいに口を開けて待っている剣先輩に、まずはシロップを絡めた羊羹を食べさせた。 「…うまいな。あんみつを食べてるみたいだ。羊羹もなめらかで」 「この羊羹、手作りなんですよ。袋入りのこしあんから作りました」 「手作りなのか。さすがだな」  感心する剣先輩に、白玉、フルーツと順番に食べさせてあげた。昼食を済ませたばかりだからお腹一杯だろうに、完食してくれて嬉しい。 「ありがとう、おいしかった。ご馳走さま」  久しぶりのスイーツだから、嬉しかったと話してくれた。 「兄貴は炭酸飲料を差し入れてくれたけどな」  お父さんは入院当日、俺が帰ってすぐに来たらしい。お兄さんはドラマの撮影を抜け出して、昨日来てくれたそうだ。 「そうだ、怪我が治ったら、おいしいスイーツを食べに行きませんか?」  一人でもカフェでパフェを注文するほど、スイーツが好きな剣先輩。いっしょにパフェを食べに行きたいな。本音では食べるというのが目的ではなく、剣先輩と出かけたいんだけど。  剣先輩は、重ねた枕に背中を預けて天井を見上げた。 「そうだな、遠野が作るスイーツも最高だけど、二人でどこかに出かけたいからな」  心臓をわしづかみにされたみたいな刺激があった。剣先輩も、同じことを考えてくれている…? 「約束ですよ!」  満面の笑みでそう言うと、急に剣先輩は天井から俺の方に顔を向けた。優しい眼差しとぶつかる。 「あ、あの…」 「なんだ?」  言っちゃおうか。白鷺さんが言ってたこと。剣先輩は、俺をどう思ってくれているのか。 「白鷺澪華さんから聞いたんです…。剣先輩にとって俺って…イブ先輩みたいな親友とは違う、特別な存在かしらね、って…」  剣先輩が一瞬、驚いたような表情になった気がした。でもすぐに真剣な顔になる。 「そう言われて俺…、うまく言えないけど…、あ、自惚れだったらごめんなさい、…凄く嬉しくて…その…先輩にそう思われてたら…」  ああ、もう、何言ってんだかわかんない。しどろもどろの俺を、剣先輩は左手で手招きをする。何だろう、とベッドに両手をついて、身を乗り出した。  すると剣先輩は左腕で俺を引き寄せ、抱きしめた。

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