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虎牙-17
剣先輩の鼓動が聞こえる。俺と同じ速さで。
「お袋は俺たちのことなんて、大して見てないと思ったのにな。何でもお見通しだ」
お母さんの白鷺澪華さんが、剣先輩にとって俺が“特別な存在”だって言ったこと。親友でも、ただの後輩でもない、“特別”。それって…。
「確かに、お前は特別だ」
剣先輩の手が離れた。しばらく俺は、額を胸元にくっつけたままだった。
「遠野…?」
「剣先輩…“特別”って、そういう意味だと思っていいですか?」
今度は俺が、剣先輩の入院着の胸元をぎゅっと握りしめた。ピクリと剣先輩の体が動いた。けど、返事はもらえない。しばらく沈黙が続いた。それは長く長く感じられた。
曖昧な言い方じゃなく、“剣先輩、好きです”って、ハッキリ言えばいい。でも、言い出せない。こうしてくっついて、好きだという表現をしている。そしてイエスかノーか、臆病な俺は返事を待っている。
長い沈黙は、優しすぎる剣先輩が何と言って“ノー”と伝えたら俺が傷つかないか…なんて考えこんでるんじゃないか、そんな不安が膨らんでいく。実際にはほんの一、二分だったかもしれない。けれど、何十分もたっているように感じた。ようやく剣先輩が答えを出す。
「…驚かないのなら、教えてやる」
俺は胸元にしがみついたまま、顔を上げた。
「驚きません。剣先輩が…俺をどう思っているのか…知りたいから」
“勘違いするな”なんて言われたら、ショックで寝こむかも…。黒い瞳が俺をじっと見つめる。左手が俺の髪を撫でる。剣先輩は俺の頭を引き寄せ、額にキスをした。
「……!」
唇が触れた所から、じわぁっと顔中に熱さが広がって、俺は言葉が出ずに涙が出てしまった。
「お、おい、遠野!」
剣先輩がオロオロしている。いつもはあんなにクールなのに。
「…参ったな…お前の“特別”は、そうじゃなかったのか…。悪いな」
どうやら剣先輩は、俺が嫌がって泣いたと思ったらしい。俺は自分の肩口で涙を拭い、違いますと否定した。
「う…嬉しくて…。俺も、剣先輩が好きだから…。それに、キスされると思わなかったから…ビックリしてしまって…」
「驚かないって言っただろ」
剣先輩は、困ったように笑う。目の前で泣かれて動揺したんだな。なんだか可愛いって思って、今度は口元がゆるんでしまった。
「泣いたり笑ったり、忙しい奴だな」
そういって、剣先輩はまた左手で俺を抱き寄せた。これからはこうして何度も、この腕の中に俺はおさまるんだろう。
俺の方からも、ギュッて抱きしめたい。でも、首から腕を三角巾で吊してるし、足だって吊してる。あまり無理な体勢になって、体を痛めたら大変だ。剣先輩にハグするのは、怪我が治るまでお預けだな。でも…。何もしないなんて、もったいない。
「あ、あの…、剣先輩…。もう一度、キスしてもらえますか?」
額に唇が触れた瞬間が、忘れられない。熱くて甘ったるくて、柔らかで、夢を見ているみたいな心地よさ。半分は驚きで、その感触は消えてしまったけど。だからもう一度、ゆっくり味わいたい。
「ああ、いいぞ。目をつぶってろ」
言われた通りに目をつぶり、ベッドに両手をついて額を突き出した。剣先輩の左手が、俺の顎をつかんで上向かせた。額ではなく唇に、柔らかい感触。“チュッ”という音を立て、それは離れて行った。
「ふぇっ?!」
額にじゃなく、唇にだった。俺のファーストキスが不意打ちとは。
「何だ、キスしろって言ったのは遠野だろ」
「だ、だって…額だと思ったから…」
剣先輩が、寂しそうに眉を寄せる。
「嫌か…?」
俺は首を思い切り横に振った。
「嫌じゃないです、全然!」
「じゃあ、もう一度な」
頭を引き寄せられた。今度は、強引なキス。熱い唇に包みこまれるようで、俺は緊張して唇をキッと引き結んでいた。
「口、少し開けろ」
唇が触れる距離でささやかれ、俺は力を抜いて少しだけ唇を開けた。すぐに、剣先輩の舌が入ってきた。俺を離すまいと、頭をさらに引き寄せられ、剣先輩の舌が深く入る。口の中でうごめく舌に、頭の中がぼうっとしてとろけそうで――ヤバい、下半身が反応しそう。
「だ、駄目ですよ、剣先輩…それ以上は…」
慌てて体を引き離そうとするけど、相手は怪我人。そっと胸を押すぐらいしか抵抗できない。
「もう少しだけ、いいだろ」
「でも…」
「好きだ、新太」
剣先輩の強引さに、胸がキュンと痛む。ああ、このまま押し倒されてもいいかな…なんて思ってたら、剣先輩の左手が、俺のTシャツの裾から侵入してきた。どうしよう…俺、このまま…。
なんて夢見心地になってたら、ノックの音がした! 俺たちは慌てて体を離した。
「失礼しまーす、包帯お取り替えしますね」
看護士さんが、ワゴンみたいなのを押して入って来た。ぎこちなく丸椅子に座った俺は、愛想笑いで美人の看護士さんに会釈をした。看護士さんも、俺を見てにっこりと会釈した。
「あら、虎牙君のお友達?」
「学校の後輩です」
本当は、“今、恋人同士になったばかりです”と言いたいところだけど。
…危なかった…。もし、あのまま誰も来なかったら、今ごろ剣先輩と俺は、何をしていたんだろう。想像したらまた、下半身が反応しそうになった。
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