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聖&たまねぎケーキ-1

「やっと休憩ですね、お疲れ様」  聖さんがテーブルにペットボトルのお茶を置いてくれた。 「あ、ありがとうございます。お疲れ様です」  聖さんも、向かい側でいっしょに弁当を食べる。 「初めてだから、大変だったでしょう? でも、来年からは要領を得ますよ」 「はい、短時間で作れるお菓子中心で、限定スイーツは一日目と二日目で違うものにしてもいいですね、来年は――」  来年…。聖さんはもう、卒業している。俺がこうして聖さんといっしょに文化祭に参加するのは、今年が最初で最後なんだ…。  そう思ったら、また…。 「いっ!」  聖さんにいきなり鼻をつままれた。 「新太、また悪い癖が出ましたね」  顔が近づいた。小さな声でささやかれる。  そうだ、俺は卒業後のことを考えたら、涙が出そうになる。また、泣きそうな顔になってたのかな。聖さんの前で、何度そんな顔をしただろうか。 「離れ離れになるわけじゃない…って思っても、やっぱり寂しいですよ」  それに、カフェの仕事は楽しいけど、モヤモヤと憂鬱になることがある…。 「そんなメランコリックな顔をして…どうしましたか、新太?」  小さくささやくのは、“新太”と呼ぶのがあまり周囲に聞こえないように。別に俺と聖さんが付き合っているのは隠していないけど、人前では公私混同はしないという聖さんの考えで、“遠野くん”“会長”と呼び合っている。 「えっと…その…、女性のお客さんが聖さんにベタベタするのが…ちょっと」  生徒の妹らしき中学生ぐらいの女の子から、お姉さんであろう大人の女性まで。どう見てもお母さんだろうって人も、聖さんに名前を聞いたりしていた。 「すみません、本心では迷惑なのですが…お客様という手前、失礼な対応ができませんので」  わかっている。聖さんは優しい。本物のジェントルマンだ。だからやんわり断っても、知的な笑顔を見せられた女性たちは、ボーっとのぼせ上がる。それが何だか面白くなかった。  休憩時間が終わり、厨房に戻った。午後の部開始とともに、お客さんが入ってきた。 「キャーッ! カフェがイケメンだらけだって聞いてたけど、ホントだー!」 「あ! あれ、モデルの英イブじゃん! どうしてお兄ちゃんったら、教えてくれなかったんだろ」 「あんまり噂が広まると、騒ぎになるからじゃない? ほら、もっと近くに見に行こ」  ハイヒールにロングヘアの女性が、小柄なセーラー服の女の子の腕を引っ張る。ロングヘアの方がここの生徒のお姉さんで、セーラー服が妹なんだろうな。生徒の兄弟姉妹は中高生の場合、制服着用で来校が義務づけられている。その規則を守ってくれるのはいいけど、大声で騒ぐのはちょっと…。  剣先輩がオーダーに向かった。 「ご注文はお決まりでしょうか?」  長い髪を耳に引っかけ、脚を組んでお姉さんが剣先輩を見上げた。セクシーさアピールだろうか。 「うわぁ、英イブもカッコいいけど、キミもいいね。誰かに似てる気がするけど」  剣先輩が真顔になった…。注文を聞いて“かしこまりました”と厨房に向かう剣先輩は、眉間にしわが寄っている。 「オーダー入ります。玉ねぎケーキ二つとココアとホットコーヒー」 「了解です」  剣先輩の分まで、俺が笑顔で応える。  お皿にカットした玉ねぎケーキを乗せる。すりおろした玉ねぎを混ぜて焼いたパウンドケーキなんだけど、玉ねぎの甘味で優しい味なんだ。トッピングには、特製玉ねぎジャムとホイップクリーム。  ケーキの用意をしている間も、女性二人は大声で騒ぐ。 「あの背が高い子、肩幅もあるよね。抱きしめられたいかも」  お姉さんの一言に、セーラー服が“キャアーッ”と奇声を発する。 「お姉ちゃん、お姉ちゃん! あの金髪の人! 外国のファンタジーものみたいにキレイよね」 「眼鏡の彼もいいよね~…。後で出待ちして、名前聞いちゃおうかな」  それだけはやめてくれ! 剣先輩も、眉間のしわがさらに一本増えたような…。 「剣先輩、誰かが行くとまた何か言われるかもしれないから、俺が代わりに行きます」 「…大丈夫か?」 「はい、俺なら騒がれる心配はないだろうから」  自分で言って、ちょっと悲しかったけど。まあ、生徒会のイケメンたちには何段も劣っているのは自覚してるからね。聖さんが何で俺を好きなのか、今でも不思議だけど。 「お待たせいたしました。玉ねぎケーキと、ココアとホットコーヒーです」  テーブルに全て置いたと同時に、お姉さんの方から“ねえキミ”と声をかけられた。 「はい、何でしょう?」 「キミ、何て名前? 何年生? 彼女いる?」  ええーっ?! どうして次々と質問されるのーっ! 「お姉ちゃーん、私もこの人としゃべりたーい、だって可愛いもん」  か…可愛いとか…中学生に言われたら落ちこむ…。 「あ、あの、すみません、厨房で作業がありますので」 「あっははは、真っ赤になって可愛いー」  お姉さんの舐めるような視線が絡みつく中、妹にコック服の裾を引っ張られる。 「ねえねえ、このケーキあなたが焼いたの?」 「は…はい」 「可愛くてお菓子も焼けるなんてサイコー! ね、連絡先教えて」  この姉妹は男だったら誰でもいいのかー!  そのとき、厨房から聖さんの声が聞こえた。 「オーブンのタイマーが切れてますよ!」 「あ、はーい、すぐ行きます!」  一礼をしてテーブルから離れ、厨房に戻った。オーブンには何も入れていない。聖さんが機転を利かせてくれたんだ。さすがだな。

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