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ジルベール&ガレット・デ・ロア-1
(※文化祭プロローグの続きになります)
昼食は客席を使う。松茸ご飯の弁当を食べていると、向かい側に座っているジル先輩が俺の方に身を乗り出し、小声で言った。
「ね、アラタ。ガレット・デ・ロア、一つちょうだい」
「えっ…? 先週、食べたでしょう?」
「おいしかったもん。だから、ね?」
生徒会のみなさんには、試食がわりに先週焼いて持って行った。
個数が限定されているから、今日は生徒会のみなさんの分は無いんだけど、ジル先輩からのお願いなら一つくらいいいかな。
小首をかしげて“ね?”なんて青い瞳で言われちゃ、弱いんだ。
「いいですよ。でも、ほかのみなさんには内緒ですよ」
と、俺も小声で答える。
カフェのメニューに個数限定のスイーツがある。パイシートにすり下ろしたりんごと人参を混ぜたケーキとカスタードクリームを乗せ、パイシートを被せて焼いたものなんだ。
けど、普通のケーキじゃない。“ガレット・デ・ロア”、お馴染みの王様ゲーム(?)ができるケーキなんだ。
ケーキの中には一つだけ、陶製の“フェーヴ”と呼ばれる小さな物が入っている。切り分けたガレット・デ・ロアをみんなで食べて、フェーヴが当たった人は今日の王様。冠を被せてあげるんだけど――今日は代わりに、チョコのお菓子をプレゼントするんだ。
小さなアルミカップにチョコを流し、ナッツやドライフルーツを入れたもの。以前作った、『お楽しみカップチョコ』のメレンゲの帽子が無いバージョンだ。
それをセロハンで包み口をモールで縛り、その部分に金色の厚紙で作った、指輪サイズみたいな王冠を被せている。
文化祭だし、ほかの出し物や模擬店も見て回るのに、頭に被せる王冠は邪魔になるだろうからね。
それにフェーヴも、お客様の大半である男性が持ってても抵抗無いように、馬やシルクハット、柱時計、塔などのアンティークでおとなしめなデザインを選んだ。
ジル先輩によるとフェーヴは空豆って意味で、元々ガレット・デ・ロアには空豆が入っていたそうだ。通販でもフェーヴは買えるんだけど、今はいろんな種類の物を売っている。スイーツの形や動物、キャラクターものまで。
で、男性向けによさそうな形を考えたけど、女性受けしなかったらなぁ…と思って、お姉ちゃんに相談した。
“アンティークなデザインならいいんじゃない? そういうの好きな女性多いよ”
とアドバイスをもらったので、参考にさせてもらったんだ。
「明日の分を一つだけ、取っておきます。だから、明日のカフェ終了まで我慢してくださいね」
「メルシー、アラタ」
と、ジル先輩は俺の頬にキスをした。ジル先輩のハグやキス(もちろん人前では口以外だけど)はお馴染みの光景なようで、生徒会のみなさんからのツッコミは無い。その上どこでもこんな調子だから、学園の公認カップルにもなっている。
先生ですら、“高校生として、節度のある交際をするように”なんて言う始末だからなぁ。
翌日も大盛況で、ガレット・デ・ロアは次々に売れる。午後の営業時間が来た。このカフェも、あと三時間だ。ガレット・デ・ロアは、ジル先輩の分を入れてあと三つ。チョコの包みはあと一つ。この中に、当たりがあるんだ。ジル先輩に当たったりして。
営業再開と同時に、親子三人組が来た。もしかしたら、男性がここのOBなんだろうか。女性の方が、生徒のお姉さんだろうか。どっちにしても、生徒のご両親ではないな。そんな若いご夫婦は、幼稚園児ぐらいの小さな女の子を連れている。
どうしよう、男子校だし椅子が高すぎないかな…と心配していたら、榊会長がカーテンの予備を畳み、椅子に敷いた。魁副会長が生徒会室まで走り、クッションを取ってきた。畳んだカーテンを椅子に乗せ、さらにクッションを置く。これで何とか、女の子はテーブルに届いた。
「いらっしゃいませ、ご注文をどうぞ」
ジル先輩が接客する。
「ガレット・デ・ロアを三つください」
「かしこまりました」
ガレット・デ・ロア三つ! ここに残っているのはお客様用二つに、ジル先輩に取っておいた一つ。困っていると、厨房に来たジル先輩は、にっこり笑った。
「ガレット・デ・ロア三つだよ」
「で、でも…あと二個と、ジル先輩の分で――」
「僕はいいよ。お客様優先だよ」
そうだな、ジル先輩にはいつでも作ってあげられる。今日は人参とりんごのパイだけど、チョコレートやナッツ、バナナやさつまいも、何でもアレンジできるんだし。
「ウィ、ムッシュ!」
俺は皿に三つのガレット・デ・ロアを乗せ、カウンターに置いた。ジル先輩がそれをトレイに乗せ、コーヒーやホットミルクとともに親子三人のテーブルに運んだ。
「当たりのフェーヴが出ましたら、プレゼントを進呈させていただきます。小さなお子様の場合、万が一ということもございますので、ご両親様のどちらかが細かくカットしていただけますでしょうか」
ジル先輩の丁寧な説明に、女の子の隣に座っている父親が、女の子の分のケーキをナイフで細かく切った。そこに、黒猫のフェーヴが入っていた。
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