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ジルベール&ガレット・デ・ロア-2

「やったあ! ネコちゃんだー」  女の子は大喜び。厨房でチョコの包みを受け取ったジル先輩は、女の子のそばにひざまずく。王子様のようなスマイルで、“はい”と包みをプレゼントする。 「この王冠はマドモアゼルには小さすぎるから、指人形か小さなお人形さんがいたら、その子に被せてあげてね」  女の子は笑顔でうなずく。  ジル先輩に当たりは出なかったけど(生徒会に持っていったときは、フェーヴを入れなかったんだ)、却ってよかったかもしれない。女の子が、あんなに喜んでくれている。  閉店時刻が来た。後片付けをして、グラウンドに集合する。これからファイヤーストームだ。着替える暇がなかったから、俺はコック服のままで、生徒会のみなさんはサロンエプロンを外しているけど、ウエイターの格好のままだ。  グラウンドの中央には組んだ木と、文化祭に使った看板やポスターなど。有害物質が出るといけないから、燃やしていいのは学園側が指定した物のみ。  榊会長が挨拶をして、魁副会長、ジル先輩、イブ先輩、剣先輩が松明を持って灯火する。  グラウンドの中央が、大きな火に包まれる。  初めての文化祭は終わった。初めてにしては、大成功だった。終わりがけ、お菓子が品切れで飲み物しか頼めなかったお客様もちらほらいたから、来年はもっと余分に用意しないといけない。余ったら後日、先生やクラスのみんな、生徒会のみなさんに食べてもらえるように、日持ちするお菓子で――  赤々と燃える炎は、センチメンタルにさせる。ちょっと鼻の奥辺りが痛い。  来年、ジル先輩はもういないんだ。東大生になっているだろう。来年にはOBとして来てくれる。それに、俺が大学を卒業したら、ジル先輩の会社で働けるんだ。いっしょにいられる。  そうわかっていても、こうして同じ模擬店をいっしょにするのは、最初で最後なんだ――そう考えたら、何だか泣けてきそうで。  涙がこぼれないように、真っ暗になった空を見上げた。大きな炎が明るく染めている辺りに、黒い燃えカスが舞う。俺のほんの少しの間の寂しさも、燃やしてくれないかな…。  ファイヤーストームも終わり後片付けも済んで、あとは夕食を待つだけだ。  俺は食堂に来た。明日と明後日は代休で午前中に自習があるだけだから、学園内の食堂は使われない。明日見にきてもいいんだけど、気になったままじゃスッキリしないので、食堂に点検に来た。それともう一つ、大切な用事がある。  看板は外した、テーブルもなおした、厨房の洗い物や片付けは済んでいる、冷蔵庫の中も大丈夫。  あとは明日の自習時間が終わったときに、厨房の掃除をすれば完了。  そしてもう一つの用事、残ったチョコの包みを持って、電気を消そうとした。 「やっぱりここだったんだね、アラタ」  食堂のドアから顔を覗かせたジル先輩が、にっこり笑う。 「ジル先輩、どうしてわかったんですか?」 「アラタのことだから、食堂に点検に来るかと思ってね」  そんな頭が冴えてるジル先輩に、チョコの包み――プレゼント用みたいに王冠は無く、モールで縛っただけ――を渡した。 「それともう一つ、これを取りに来たんです。ずっと持ったままだと、ファイヤーストームの熱さで溶けるといけないから。プレゼント用のチョコの、予備なんです」  大事そうにジル先輩が両手でかかえ、チョコをじっと見つめる。 「…いいの? 僕がもらっても」 「はい、包むときに割れたり形が崩れたりしたときのために、予備を作っておいたんです。幸い、そういう不良品は出ませんでしたけど」 「さすが、僕のパティシエ」  後頭部にふわっとジル先輩の感触があった。頭を引き寄せられ、額にキスを受ける。 「じゃあ、僕がフェーヴを当てていたら、二つもらっちゃったのかな?」 「それはズルいですよ。そうなったら、予備の分は榊会長と魁副会長、イブ先輩と剣先輩におすそ分けです」 “なあんだ”と笑いながら、ジル先輩はモールをほどいた。  丸いチョコにココナッツをまぶしたものを一つ取り、ジル先輩が口に入れる。  もう一つ、ナッツとマシュマロをチョコでくるんだロッキーロード風のも取り、それを俺の口に入れた。 「おいしいね」  人懐っこい笑顔に、口の中のチョコみたいに俺もとろけそうになった。 「アラタ、今キスしたらチョコの味するかな」  そんなこと言われたら、初めてしたフルーツティー味のキスを思い出す。ほんの少し前の夏休みのできごとなのに懐かしく、くすぐったい気持ちになる。 「きっと、とても甘い味がしますよ」  そう言って、俺は目を閉じた。なんだか誘うみたいな言い方をしてしまって顔が熱い――そう思っていたら、柔らかい唇が重なった。

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