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イブ&金時豆のチェー-1
(※文化祭プロローグの続きになります)
「金時豆のチェーが好評だね、ハニー」
俺の向かい側で松茸ご飯弁当を食べているイブ先輩が、にっこり微笑む。
「はい、イブ先輩のおかげです」
チェーというのは、ベトナムのスイーツ。ココナッツミルクに豆やタピオカ、フルーツや芋、白玉などを入れて食べるんだ。冷やしてかき氷やクリームをトッピングしてもいいし、温めて食べるのもいい。
イブ先輩がベトナムに撮影で行ったときに食べて、とてもおいしかったからまたチェーを食べてみたいって言ってくれたんだ。
限定メニューにしてるのは、温かいチェー。ココナッツミルクだけだと苦手って人も多いから、牛乳を入れて飲みやすくしている。輪切りのバナナと角切りのさつま芋、それに金時豆の甘煮を入れている。
金時豆は厨房にある業務用圧力鍋を使いたかったけど、調理員さんから許可が下りなかった。使い方を間違えると危ないからね。正直、俺も自信がない。
そこで、炊飯器を使ったんだ。家ではお母さんが、炊飯器で金時豆や黒豆の甘煮を作っていたことがある。それをお菓子の材料として少しわけてもらうんだ。パウンドケーキや餅に混ぜたりして使えるからね。
「今度は蜂蜜やりんごを入れたのも作りましょうか?」
「いいね。ハニーんちに遊びに行ったときに、作ってほしいな」
その言葉に、松茸ご飯が喉につかえそうになった。
午前中、お姉ちゃんがカフェに来てしまったのだ…。
「新太」
オープンしてすぐのこと。厨房の方を覗きこんで、やたらめかしこんだお姉ちゃんが俺に手を振った。
お姉ちゃんは、限定メニューは数が決まってて食べられない人がいたら気の毒だからと、紅茶とクッキーを注文してくれた。俺が実家にいたときは、さんざん俺のお菓子を食べていたからね。
「ハニー、あのレディーはもしかしてお姉さん?」
お姉ちゃんが席に着いてから、厨房を覗いたイブ先輩が俺に尋ねた。大学生の姉がいて、イブ先輩のファンなんですよと話したことがある。
「はい、そうです。イブ先輩に会いに来たのかな」
イブ先輩はとびきりの笑顔を見せた。
「じゃあ、ご挨拶しないとね」
ええっ?! イブ先輩がお姉ちゃんに?! ビックリして気を失わないかな…。お姉ちゃんのテーブルに紅茶とクッキーを置き、イブ先輩は深くお辞儀をした。ほら、お姉ちゃんが石像みたいに固まって、目の焦点が合ってない。
「英夜 です。新太クンには、いつもお世話になってます」
お姉ちゃんが弾かれたように立ち上がった。
「あ…は、はい! あああ姉の沙千 ですっ! こちらこそっ、おと、おと、弟がいつもお世話に…」
それから少し雑談をし、イブ先輩はお姉ちゃんに、家に遊びに行ってもいいですかと聞いた。お姉ちゃんの返事はもちろん大歓迎しますと何度もうなずき、走ってる鳩の首みたいになってた。
周囲を見てみると殺気立った女性たちの視線が、お姉ちゃんに集中していた。
男子校だからOBも男性だし、家族といっても何でこんなに女性客が多いのか、疑問に思っていた。その答えを教えてくれたのは、榊会長。
うちの学園祭は生徒の家族や近い親類までは来れるけど、兄弟やいとこやはとこ、その友達なんかが親戚のフリをして来ているに違いない。玄関の受付で自分の名前と生徒の名前、それに続柄を書くけど、生徒の名前さえわかれば、いとこって書いちゃえばバレないからね。
去年と今年のほとんどが、イブ先輩狙い。毎年、名門校の男子とのコンタクトを求めて、親戚を装ったと見られる女子高生がちらほら訪れるため、理事会でも問題になっている。けど、身分証の提示を求めたところで証明にもならず、個人情報の観点から難しいそうです、と会長はため息をついた。誰か来るたびに生徒を呼んで確認するのも面倒だし、叱られるのが怖くて嘘をつく場合もある。生徒会と理事会の、今後の課題だそうだ。
ほんの十分ほどでお姉ちゃんは、席を立った。カフェを出る前に厨房まで入ってきて、“新太~! でかしたわよっ! イブ君とそんなに仲良くなるなんて~! いい弟を持って幸せだわ”と思い切りハグされた。
お菓子の味以外で褒められたの、初めてだな。
お姉ちゃんがすぐに席を立ったのは無理もない。ほかの女性たちは写真撮影も話しかけるのも断られているのに、お姉ちゃんだけがイブ先輩から話しかけられていたから。いくつもの怖い視線に耐えかねて…といった感じかな。
そんな女怖い性たちは長居する人もいるし、休憩中にもかかわらずカフェの入り口で待っている人も。
業務に支障が出るため、午後からイブ先輩は顔を見せるホールではなく、厨房で裏方として俺を手伝うことになった。俺としても嬉しい。色目を使う女性から、イブ先輩を守れるからね。
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