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イブ&金時豆のチェー-2
午後の部が始まった。どこから情報を得たのか、イブ先輩目当てで女性がちらほら来たけど、ホールにいないためにガッカリしている。でも、あとのみなさんもイケメンだから、女性はみんな機嫌を取り戻してくれたみたい。
イブ先輩は、厨房で俺の手伝いをしてくれている。クッキーやマドレーヌやマカロンは、今日の分はすでに焼いてあるからそれを皿に持ったり、チェーも豆や芋は前日に煮てあるから、盛り付けをする程度なんだけど。
でも、イブ先輩といっしょに作業ができて嬉しい。まるでイブ先輩を独り占めしてるみたいで。
それに、イブ先輩に近づく人がいなくて安心する。イブ先輩がモテるのは仕方ないけど、見ていてやっぱりいい気はしない。
俺の真横から、長い腕が伸びる。出来上がったチェーを“金時豆のチェー、できたよ”とカウンターに置いた。
イブ先輩はモデルだから細身なんだけど、ガリガリってわけじゃない。腕が筋肉質だ。この学園の体育は結構ハードだし、イブ先輩は太らないようヨガや筋トレもしているから。
その長い腕を見ると、抱かれたことを思い出してしまう。長い指を見ても、体に触れられたことが思い出されるし、唇も目も、俺をじっと見て“愛してるよ、シュガー”なんてささやかれたことを思い出す。
「オーダー、マドレーヌとマカロン、よろしく」
剣先輩に言われて、ハッと我にかえった。いけない、イブ先輩といっしょの作業は嬉しいけど、気が散ってしまう。
「いっしょにこうして作業できるなんていいね。最初から僕も厨房に入ればよかったかな」
マカロンをお皿に並べて、イブ先輩はいたずらっぽく笑う。“そうですね”と答えようとしたら、肩を抱き寄せられキスされた。
「裏方だと、こういうこともできるからね」
「イ、イブ先輩っ! ダメですよこういうことをしちゃ!」
咳払いが聞こえた。料理を出すカウンターを見れば、剣先輩がこちらに背中を向けている。
…見られてしまったかな…。イブ先輩との仲は、生徒会の間ではオープンにしてるけど、時々イブ先輩のスキンシップの度が過ぎるから、そのたび剣先輩に注意される。“二人きりのときだけにしろ”って…。
二日間の文化祭が終わった。カフェは好評で、最後の方にはクッキーやマドレーヌも足りないぐらい。来年は、もっと在庫を用意しよう。
イブ先輩も裏方に回ってくれてからは混乱も無かったし、来年もできれば――
そうだ、今年イブ先輩は二日間ともオフをもらったから参加できたけど、来年はどうだろう。そういえば、来年は単位を早く取得して、後期には活動を増やすって言ってたっけ。
ファイヤーストームがすんだ後、イブ先輩がいつになく真剣な表情で“話がある”と呼び出した。昼間は暖かいけど、夜風は寒い。イブ先輩はウェイター、俺はコック服という薄着だ。ほとんど廊下の明かりしかない校舎に二人で入った。
後片付けをする生徒もいるから、夜遅くまで教室は開いている。
イブ先輩が教室の前で止まり、ドアを開けた。そこは文化祭では使われなかった教室だ。机と椅子が真っ直ぐに並んでいる。同じ建物でお祭り騒ぎをしていたなんて信じられないほど、シンと静まり返っている。廊下の明かりと、窓の向こうの街灯。教室を照らすものは、それしかない。
ずっと黙ったままだったイブ先輩は、教卓前の机の上に腰掛けた。俺は、イブ先輩の前に立つ。
「新太」
めったに呼ばれない名前で呼ばれた。そういうときは、真面目な話って意味なんだ。俺にとって衝撃的なのか嬉しい話かわからないけど、“はい”と背筋を伸ばした。
「前に、三年生になったら活動が増えるかもって話したの、覚えてる?」
「はい…」
「それがね、具体的になったんだ。来年の前期で単位を取って、後期はほとんど授業に出ないんだ。まだ一年先だけど、ショーや情報番組のレギュラーのオファーも来てるんだ」
聖トマス・モアは二期制で、単位を取得さえすれば最低授業日数さえクリアしておけば卒業できる。だからイブ先輩は、来年の前期で単位を取り終え、モデルの仕事を増やすと話していた。
イブ先輩にとっては、大きなチャンスだ。俺も応援したい。でも…今までみたいに会えないのは寂しい。
「寮…には…いますよね…?」
イブ先輩がうなずき、ダークブラウンの髪をかき上げる。少し伸びたみたいだ。撮影のときに、ヘアメイクさんに少しカットしてもらうこともあるようだけど、最近は忙しかったのかな。
「規則では、卒業まで寮住まいだからね。日常生活でもジェントルマンでいるように、って教えの学校だから」
それなら――遠い場所の仕事以外は、イブ先輩に会いに行ける。消灯時間までの、短い間だけど。
「ほんの少しだけなら、仕事が終わってからでも会えますよね?」
「もちろんだよ、ハニー」
イブ先輩が、俺の頬を撫でる。何度、このきれいな形の指が、皮膚の上を通っただろう。そのたびに、いまだにドキドキするんだけど。
長い指が、頬の上でピタリと止まった。
「でもね…卒業後は、アメリカに移住するつもりなんだ」
ついでに、時も止まれば――そう思った瞬間だった。
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