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虎牙&チョコレートフォンデュ-1
(※文化祭プロローグの続きになります)
剣先輩といっしょに松茸ご飯の弁当を食べて、お茶を飲みながら話をした。ほんのひと時の貴重な時間だ。学年も違い、寮も別々。おまけに、どちらも二人部屋。剣先輩と二人っきりになれる機会があまり無い。休日に二人で出かけることはあるけど――イチャイチャができない。それが、目下のところ俺の悩み。剣先輩も口には出さないけど、そう思っているのかな。近くにいるのに、触れ合えない。こんなに好きなのに…。
夏休みのころが懐かしく思える。あのとき剣先輩は怪我をして大変だったけど、退院してからは何度も会っていた。髪もだいぶ伸びたんだけど、料理をするのに邪魔だからと、いつも短めに整えている。
午後二時、営業再開だ。午後の部が始まってすぐ、ホールが何やらざわつき出した。普段は学生だけの学食が、今日はいろいろな年代の人や女性も来るから雰囲気が違うってのもあるけど、それにしてもこの空気は何だか違うぞ――と、厨房から顔を出すと、なんと! 俳優の剣獅子 がいる!
剣先輩のお兄さんだ。背は、剣先輩と同じくらいかな。ラフなシャツとコットンパンツなんだけど、とてもオシャレに見える。あ、イブ先輩が挨拶してる。剣先輩とは昔から仲がよかったから、お互い顔見知りなんだろうな。
剣獅子さんはテーブルにつき、剣先輩と何か話している。こうして見ると、二人はやはり似ている。周囲のお客さんはみんな、剣獅子に注目してるな。そりゃそうだろう、あの有名な俳優が、名門校の学園祭のカフェに来たんだからな。あ、剣先輩が、ちらりとこちらを見た。
「遠野」
と、俺を手招きする。剣先輩に呼ばれて、獅子 さんのいるテーブルに来た。うわあ、緊張する…。
「君が、虎牙とすっごく仲のいい友達だって? お袋から聞いたんだ」
すっごく仲がいい、なんて言われてドキッとした。そうです、普通の仲ではないんです…。
「あ、は、はい、遠野新太といいます」
帽子を取って頭を下げた。きっと、俺の顔は真っ赤だろう。めちゃくちゃ緊張してしまう。モデルのイブ先輩、女優の白鷺澪華さんに続き、話をした芸能人は三人目だ。それもこの学園に来てから。
「今日、君に会えるのすっごく楽しみにしてたんだよね。こいつぶっきらぼうだし、イヴ君っていう友達がいるだけでも奇跡なのにさ。母さんが“とてもいい子だから、虎牙も気に入ったのね”なんて言うし」
剣先輩を親指で指し、白い歯を見せてにこにこ笑う。ドラマや映画で見るクールなイメージとはずいぶん違う。悪役をやっていたときは、怖いって思ったほどなんだけど。
「あ…あの、剣先輩にはいつもお世話になってます。本日はお越しいただき、ありがとうございます」
獅子 さんは、特別メニューのチョコレートフォンデュとアイスコーヒーを注文してくれた。剣先輩と同じく、甘い物もよく食べるそうだ。
バナナ、マシュマロ、蒸したサツマイモを串に刺し、耐熱容器でレンチンしたチョコレートをつけて食べる。チョコレートには、牛乳と生クリームが入ってるんだ。チョコレートは、板チョコじゃなくて製菓用のクーベルチュール。製菓用の方が余計なものが入っていないからね。それに、純粋にチョコレートの香りを楽しむなら、製菓用がいいと思うんだ。
帰りがけ、獅子 さんにまた声をかけられた。そして、おいしかったよ、ごちそうさまの後にこう付け加えた。
「冬休みが始まったら、うちに遊びにおいでよ。母さんもまた会いたがってるしさ。俺も年末年始は休みだから実家に顔出すし、親父も家にいるからさ」
うひゃあ、今度は映画監督の剣鷹彦にも会える! 会ったら何を話せばいいんだろう。今から緊張してしまう。
俺は何度も獅子 さんにお礼を言って頭を下げた。
…そうか…剣先輩の実家…ってことはまた、剣先輩の部屋に泊まれて――
いけない! すぐにソッチのことを考えてしまう俺はどうやら、欲求不満みたいだ。剣先輩はストイックだし、別に生徒会のみなさんには付き合っていることを隠してはいないけど(話しておかないと、イブ先輩のスキンシップが過剰だからね)、人前で手を繋いだりベタベタしたり、なんてことはしない。剣先輩、ムラムラッとしたりしないのかな。廊下で偶然会ったときとか、周りに人がいなければキスくらいしても大丈夫だと思うんだけど、おそらく慎重派な剣先輩は、そんなことはしない。
最後に剣先輩に触れたのはいつだろう。キスしたのは――そう考えたら、下半身が反応しそうになった。ヤバいヤバい、今は文化祭の最中だぞ!
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