125 / 127
虎牙&チョコレートフォンデュ-2
一日目が終わった。思ったよりお客さんが多く忙しくて大変だったけど、生徒会のみなさんが手伝ってくださったおかげで助かった。次に生徒会に持って行くお菓子は、お礼の意味もこめてちょっと奮発しようかな。
後片付けと明日の準備をした後、フロアの掃除をしていた剣先輩に声をかけた。
「剣先輩、この後少し残っていただけますか?」
「ああ、いいぞ」
ちょうどオーブンのタイマーが切れた。扉を開けてみる。うん、いい香り。うまく焼けたぞ! フォンデュ用のチョコレートに卵黄、バター、砂糖、小麦粉を入れて丸い型に流して焼いた、フォンダンショコラ。
榊会長、魁副会長、ジル先輩、イブ先輩は、掃除が終わった後寮に戻った。広い食堂には、俺と剣先輩だけ。テーブルに座ってもらい、俺は剣先輩の前にフォンダンショコラとホットコーヒーが乗ったトレイを置いた。
「ハッピーバースデー、剣先輩! まずは一つ目のプレゼント、フォンダンショコラです」
剣先輩は目を丸くした後、嬉しそうな笑顔になって、少し照れた様子で“ありがとう”と言ってくれた。
「フォンダンショコラは名前しか聞いたことなくて、食べるのは初めてだ」
見かけによらず甘い物が好きで料理好きな剣先輩だけど、お菓子作りをしたことはなかったらしい。ケーキやパフェを食べに行ったりすることもあるけど、ジル先輩の方がお菓子に詳しい。“名前は聞くけど、初めて食べる”というのを何度か聞いている。
「それから、二つ目のプレゼントです」
そう言って、小さな紙袋を渡した。
「開けていいか?」
「もちろんです」
食品売り場で買ったから、リボンなんてついてない無粋な包みで申し訳ない。お菓子を飾り付けるのはできても、ラッピングなんてしたことないし…。
紙袋の中から手のひらに収まりそうなほど小さい瓶を取り出し、ラベルの文字を読んだ剣先輩は驚いた。
「トリュフソルトじゃないか!」
岩塩に、乾燥させて小さく切った高級キノコの黒トリュフが混じった塩で、普通の塩に比べたら少々高い塩だ。デパ地下で見つけたんだ。ちょっとお高い塩なだけあって、瓶の形もラベルの豪華さも、普通の調味料とは違う雰囲気だ。
肉料理なんかに振ると、一味違うらしい。俺はこの学園の食堂で初めてトリュフを食べたけど、いい香りなんだ。だからトリュフソルトは確かに、肉料理なんかに合うだろうと思う。
「前に先輩が、トリュフ入りの塩を使ってみたいって言ってましたから」
「よく覚えてくれてたな…サンキュ」
白くて荒い粒は、よく見ると何かの鉱石みたいだ。キラキラしてきれい。剣先輩は、そんなきれいな鉱石を眺めるみたいに瓶を見つめる。そして大事そうに、瓶を紙袋にしまった。
「これを使って、遠野にご馳走してやらないとな」
「楽しみにしてますよ」
何ができるか、楽しみだ。剣先輩は家政婦さん直伝の家庭料理を主に作るけど、学食や寮の食堂で出るような本格的なフランス料理や中華もできる。このトリュフソルトは、どんな料理に変身するだろう。
隣の椅子を引いて剣先輩のそばに寄せて、俺も座る。深呼吸をして、緊張をほぐした。心臓が痛いぐらいに速く打っている。…俺から、なんてやっぱり緊張するけど…。剣先輩の首筋に両腕を回し、頬にキスをした。
恥ずかしくて、すぐに両腕をほどいてしまった。剣先輩の顔をまともに見られなくて、うつむいて言った。
「こ…これが、三つ目のプレゼントです」
付き合い始めて、夏休みの間は数えきれないぐらいのキスをしたけど、学園に戻ってきてからはなかなか二人きりになれないから、キスなんてできない。たまに部室に来てくれたりするし、校舎や寮の裏など誰も来ない所でたまにキスしてくれるけど…俺からしたことはなかったんだ。照れくさくて、なかなかできない。世の恋人たちは、なんであんなに気軽にキスできるんだろう。
剣先輩が俺の頭を撫でた。俺がいつも見る、優しい目で。
「嬉しいな、三つもプレゼントをもらえるなんて。今年は今までで一番の誕生日だ」
毎年そんなふうに言ってもらえるよう、頑張りたい。“今年が一番”を、毎年更新してもらえるよう。
三つ目――本当は、唇にしてあげる予定だったけど…照れくささから、急遽頬に変更になった。来年は、唇に挑戦してみよう…。
「遠野」
いきなり頭を引き寄せられた。額同士がこつんと当たる。吐息がかかる距離で、ささやかれた。
「四つ目のプレゼントも…いいか?」
大好きな人におねだりされて、断れるわけなんかない。俺はドキドキしながらうなずいた。
「はい、何でも言ってください」
剣先輩は、トレイの上のフォークを手に取った。
「遠野が、俺に食べさせてくれ」
ともだちにシェアしよう!