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君のいる世界・2
翌朝、目が覚めるとあれはやっぱり夢だった。
…ってことはなかった。
昨日と同じどでかいベットで目が覚めて茫然としていたら、王子と従者御一行が部屋に入ってきて、「ご機分はいかがですか」だの「お食事の準備が整いました」だのなんだの色々言ってきたけど、オレはそれどころじゃなくって。
「夢じゃ…なかったんですか?」と思わず呟いたが、声が小さかったせいか、1番近くにいた王子が無表情の顔を少しこっちに向けたくらいで、誰も何も言ってくれなかった。
話された内容に相槌もうたずにオレは頭の中で静かにパニクっていたが、それを知ってか知らずかどんどん話は進められていく。
「新しいお洋服です。こちらにお着替えください」と、見るからに高そうな白い洋服を渡された。
悶々としたまま広げてみると、一見はゆったりとしたワイシャツのようなものだけど、生地はラメみたいにキラキラしていて、襟元には小さな宝石がいくつも綺麗に並んでいた。
「……こんな高そうなものは着れません」と、やっと返事をしてみたが、
「お着替えが難しいなら…僭越ながら私どもでお着替えをさせて頂きます」と、意味を間違えたのかそれとも強制的に着せようとしているのか、後ろに控えていた従者の手が伸びてきたので、慌てて「自分で着れます!部屋の外で待っててください!」と、みんなを部屋の外へと追いやった。
ワイシャツを着て白に近いベージュのパンツと革靴を履き終わると、まるでオレが着替え終わったのを見ていたかのように、タイミングよく従者の人が部屋へ入ってきた。
「お食事をするお部屋へご案内します」
そう言って、今度は部屋の外へと案内される。
また断ってややこしくなったら困るので、黙って後へと続いた。
廊下に出たので、また窓の外を見て様子を窺ってみると、日光は直視できないが、空の色も陽の光も木々も、
白い建物が延々と続く以外は昨日みたいに変わったものは何もなくて、やっぱり夢なのか現実なのかよくわからなかった。
案内された部屋に入り、促されるまま王子の向かいの席へ着くと、座ったと同時に長いテーブルいっぱいに豪華なフルコースみたいな料理を次々と出された。
朝は菓子パン1個派だったオレは、正直、沢山の料理の匂いだけでもうお腹いっぱいの気持ちで、1皿ですら食べきる自信がなかった。
「…朝なのに、凄い料理ですね」
ひきつった顔でそう言ったのに、近くにいた従者が嬉しそうな笑顔で
「はい!神子様にお礼をしたいとシェフが腕を振るいました!」と言ってきた。
「…お礼?ですか?」
「はい!神子様が来て下さった途端に、この地域一帯で何日も発生していました異常豪雨がピタリと止みました!これも神子様のおかげでございます!」
満面の笑みでそう言われ、オレの気分は更に下降する。
「……オレは、別に何もしてません」
そう言っても、従者はニコニコしているだけで何も言わなかった。
王子も無表情のまま、何も言わなかった。
食事が終わると、オレは国王や王妃様と面会し、そしてオレが神子であり王子の婚約者であると国内外に公表されたが、結婚をいつしようとかそういう話は全くなかった。
多分婚約ってだけでもこの国のものだって知らしめるには充分だろうから、そんなに急ぐ必要はないんだろう。
そしてそれからというもの、オレは食事の度に専用の部屋へ行く以外は、最初に使えと言われた部屋にただただいるだけの生活だった。
部屋を出ようとするもんなら「神子様の身に何かあったら困りますので!」と言われ、全く出してもらえない。
まるで体のいい軟禁生活だ。
閉じ込められたオレと会話するのも、オレについてくれている数名の従者さんくらいで、王子は食事の度に迎えに来て一緒に食事をとっているのに、挨拶以外ロクな会話をしたことがしなかった。
そして、オレは従者さんとの話からいくつかのことを聞き出した。
・神子の召喚は王家の人しか行うことができないこと
・神子と反対の存在として魔物が存在し、神子のいない地域を襲っていること
・神子は王家の人のそばにいることで神子の特別な力が増す場合があること
・元いた世界へ帰る方法があるかもしれないこと
・この世界では同性愛が認められているが、王子は異性愛者であったこと
・文献上では女性の神子しか存在しなかったこと
王子は異性愛者で、神子も女性しか存在したことがなかった。
だからオレが男だと言ったら、王子は驚いたのだろうか。
だから毎日顔を合わせてるのに、あいさつ程度で会話も生まれないのだろうか。
オレは望まれて来たはずだけど、望まれたものではなかったのかもしれない。
そう思うと、自分の今置かれている現状に少し納得できた。
だけどそれだったら、と思って静かな食卓の中、勇気をふり絞って王子に
「元の世界に帰るにはどうしたらいいですか?」と話しかけてみたが
「…何のために呼び出したと思ってるんですか」とめっちゃ冷めた目で見られて、終わった。
…まぁ、それもそうなのかもしれないけども。
帰れないなら仕方ないと諦めて過ごす日々。
日が経つにつれて段々と慣れていくこの生活のなかでも、オレにはどうしても慣れないものがあった。
それは…
「干ばつしていた地域に雨が降りました!これも神子様のおかげです!」
「夏のはずなのに吹雪が続いていた地域が、元の気候に戻りました!これも神子様のおかげです!」
「魔物が王都に現れなくなりました!これも神子様のおかげです!」
と、何かにつけてオレおかげだオレのおかげだ、と何度も言われるのだ。
時には被害に遭っていた村の村長やら村人やらが直接お礼に来ることさえあって、オレにはそれが苦痛でたまらなかった。
だってオレはただこの部屋にいるだけで、何もしていない。
働きもしないのに褒められて、豪華な部屋をあてがわられて、豪華な食事を出されて。
結果として豪雨が止んで、季節が戻って、魔物が減ってたとしても…それが本当にオレのおかげかなんてわからないのに。
ただの自然の摂理かもしれないのに。
異世界から来たというだけでこんなにももてはやされるのかと、オレは居たたまれなかった。
そんな自分が本当に嫌で、何とかできないかと悩んでいた時に、従者の言っていた一言を思い出した。
そして会話のない静かな食卓で、王子にまた切り出してみる。
「王子、神子は王家の方のそばにいると力が増すことがあると聞きましたが、本当ですか?」
突然オレが話しかけたからか、王子は無表情な眉毛をピクっと動かした。
「…そのように聞いています。だからこうして一緒に食事を摂っているでしょう」
そう言われてオレは呆気にとられた。
王子にとってそばにいるってのは、食事を摂るだけで充分てことなのか。
…っていうかもしかして一緒にしてたこの食事は、王子にとってはそばにいなきゃいけないっていう義務だったのだろうか。
そう思うとなんでかズキリと胸が痛んだ。
「あの…オレは王家の方を王様と正妃様と王子しか知りませんが…王子には兄弟や従妹とかはいますか?」
「…腹違いの弟が2人います」
「じゃあオレ、どなたかと会えませんか?」
そう切り出すと、王子は無表情だった顔を露骨にしかめた。
「………何のために?」
ためにためてから発せられた一言に、思わず緊張する。
「…オレ、何にもしてないし、何にもできないんです。豪雨が止んだとか、王都に魔物が現れなくなったとか…そんなのをオレのおかげと言われても、オレは何にもしてないし…逆にそんな風に言われると自分の無力を痛感するっていうか…だから、王家の方と一緒にいたら本当にオレの力が増して何か変化があるのかどうか、試してみたいんです」
王子の顔を見るのが怖くて目の前にある料理を見ながら言い切った。
それからチラっと王子の顔をみると、王子はまだ顔をしかめたままだった。
「却下します」
「…え、なんでですか?」
オレが尋ねると、王子は はぁ…っと大きくため息をついた。
「…シン様は私の婚約者です。なぜワザワザ他の者と一緒にいる必要があるんですか?試したいなら私で試せばいいでしょう」
「え…?や、だって…王子は忙しいのかなぁと思って…」
オレといるのが嫌なのかなぁと思って…とは流石に言えなかった。
「…夕食の後、寝るまでの間は時間が空いています。それ以外でも、暇になったら私がシン様の部屋に伺うようにしましょう」
「はぁ…ありがとうございます」
王子は顔をしかめたままのような、無表情のような何とも言えない顔をしていて…王子の気持ちは読み取れないまま、こうしてオレの試みは始まった。
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