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君のいる世界・3 *流血あります
コンコン
「はい、どうぞ」
「…失礼します」
夕飯が終わると、王子は律儀にもその日のうちにオレの部屋にやってきた。
「私は何をすればいいですか…」
「んー、とりあえずソファーに座りましょうか」
そう言ってオレが4人掛けのソファーに腰掛けると、王子もソファーに座った。
…が、なんでか端と端に座ってて、間に誰か座れそうなくらいに変な距離が開いていた。
まぁでも正直、これがオレたちの今の距離なのかもしれない。
「…王子、今日は話をしませんか」
「話?」
「オレ、王子に兄弟がいたことすら知りませんでした。婚約者なはずなのに、王子のこと全然知りません。だから他愛のないことでもいいので、話がしたいです」
「…わかりました」
王子は相変わらずの無表情で、やっぱり感情が読めない。
「……あと、オレに敬語使うのは止めてほしいです」
「…ですが、この国で1番尊いのは神子様となっていますので」
「じゃあその神子様のお願いなんですから聞いてください。敬語だったらいつまでたっても変な壁が残ったままです」
「…わかりました」
「わかった、でしょ」
「…………わかった」
王子はやっぱり会話をあまり好きじゃないのか、自分から話したがらないから、
オレが自分のいた世界のことを話してみたり、王子に必死に話題を振ってみたが、
王子は無表情のまま相槌をうったり、聞かれたことにしか答えてくれなかった。
1日目はそれで終了。
2日目もソファーに開いた距離も変わらず終了。
3日目にオレはソファーの真ん中へんに座ってみたが、王子がいつも以上に端に座って終了。
4日目も同上。
5日目は王子に先に座ってもらってから、真横に座ってみた。
王子が微妙に目を瞠って若干背をのけ反らされただけで、何も変わらず終了。
それから何日も会話をしたり、近づいてみたり。
王子も段々敬語なしに慣れて来たり、食事中にも会話が生まれたりして、オレと王子の距離としてはだいぶ縮まってると思うんだけど、肝心な神子の力がパワーアップ的な何かは見られなかった。
…やっぱりオレは神子様なんてものじゃなかったのかもしれない。
「はぁ……」
「…でかい溜息だな」
「…だって何も成果出ないじゃん。もう何十日も経ってるのに何も起きない」
オレがふて腐れて言うと、王子は無表情のまま答える。
「でも、国内各所で豊作が言われてる。こんな全国的な豊作は、何百年前に神子が来て以来だと皆喜んでるぞ」
「……だから、豊作なんてたまたま時期がかぶっただけかもしれないだろー。そんな自然現象、オレと関係あるかなんてなんで言い切れるんだよ」
「でも…」
「…もういい。今日は終わりにしよう。なんかもう…疲れた」
「……」
王子は相変わらずの無表情で黙り込んでしまった。
親しくなれば王子のこの無表情の中に微妙な感情の変化とかが見て取れるようになるのかと思ったが、
時々目や眉がピクッと動くくらいで、王子の感情がわかることはほとんどなかった。
「……ほら、今日はおしまい!」
まだ部屋に来たばかりだからか帰ろうとしない王子にイラついて無理やり立たせようとグイっと腕を掴んだら、
王子が立たまいとしてるせいか逆に腕をひかれ、王子の胸にダイブしてしまった。
「………ぁ」
「…ごめん。引っ張るつもりじゃなかったんだけど」
王子がオレの背中に手を添え、抱きかかえられるようになったその瞬間、ぶあっと頭の中に映像が浮かび上がった。
「……王子、今なんか頭の中に映像が出た。一瞬だったけど…」
「映像?…そういえば透視や未来の予知ができる神子がいたと聞いたことがある。どんな映像だったかわかるか?」
「…一瞬だからよくわかんなかったけど、でも…見たことのない動物がいた。あれが魔物なのかな?着物を着た人たちを襲ってた」
王子は少し悩んだ後、
「…着物か。それを着る地域はごく少数で限られている。今すぐその地域の者たちに連絡を取ってみよう」
そう言って王子はすぐにオレの部屋を後にした。
そして王子の話によると、王子が連絡を取った時点では魔物の被害報告は上がっていなかったそうだが、念のためと王子の指示で巡回していた地方の警備の人が、魔物に襲われてる村人たちを発見したそうだ。
被害に遭った人たちから話を聞くと、オレが映像を見たときには、映像に出てきた人がちょうど襲われていたらしい。
だからオレの力は予知ではなく透視と呼ばれるものだそうだ。
次の日の朝食の時に
「被害を最小限に食い止められたのは神子様のおかげでございます!」
といつものように言われたが、オレは初めて素直に喜べた。
自然現象ではなくて、オレ自身の言動で、誰かを救えたのだから。
そして映像を見るきっかけになったことを次ぎの日から再現してみた。
「王子、ギュッとやってくれ。遠慮なくな」
「……あ、あぁ」
王子にギュッとハグされる。
すると、ぶあっと一瞬だけ映像が映る…時があった。
毎回見れるわけではなくて、何回かに1回だけど映像が見えて、それはだいたい魔物の被害や交通事故や火事など、何かの災害だった。
そしてそれはまだ警備の人たちに発見されてなかったものばかりだったために、被害に気付けた!と喜んでもらえた。
最近では頻繁に被害に遭った地域の村長や、村人自身がお礼の言葉を言いにわざわざオレの元へきてくれるようになった。
…だからオレは、「神子様のおかげです」と言われて調子に乗っていたのかもしれない。
「本日も神子様に助けられたと、お礼をしに来られた方がいらっしゃいます」
そう言っていつものように応接室へと案内された。
「村長と、神子様に助けられたご本人様です。」と案内され、お互いにペコリと頭を下げた。
「神子様、このたびは我々の村を魔物の被害から助けて下さってありがとうござました」
「…私は今にも魔物に殺されそうだったところを、神子様の助言で巡回されてた警備の方に助けられました」
村長と、30代くらいの女性が深々と頭を下げてお礼を口にした。
「いえ、そんな…頭を上げて下さい。誰かの力になれたなら…私も嬉しいです」
オレがそう言うと、2人はゆっくりと顔を上げた。
「…あの、神子様にぜひお礼がしたくて…こちらをお持ちしました。神子様に合うかはわかりませんが…」
そう言って女性が手に持っていた紙袋をから何かを出しながらオレに近づいてくると、
ブンっ!
そう音が聞こえるほどの勢いでオレにめがけて何かを振り下ろした。
「いっ…!!」
何かを振り下ろされた左腕からはどくどくと血が流れて、あまりの痛さにオレはうずくまる。
するとちょうど目線の高さに女性の手がきて、その手に握られているものが見えた。
女性の手に握られているもの…それは、包丁だった。
「…神子様なんて讃えられて、さぞいい気分だったでしょうね?中途半端な透視しかできないくせに…!」
そう言われて顔を上げると、女性の顔は憎悪に満ちて歪んでいた。
隣にいる村長も、王家の従者さんさえも、こちらを見つめるだけで彼女を止めようとはしなかった。
「…いつもいつも中途半端。正確な時間も場所も分からないような透視されたって…誰が感謝すると思うの?あなたが中途半端なせいで警護がくるまでにどのくらいの時間がかかって、どれだけの被害が起きているかなんて、あなたは知らないんでしょう?あなたが正確に場所も時間も何もかも透視できていれば、私の息子は死ななかった!村長の孫も死ななかった!中途半端にあなたが透視したせいで、私だけがのうのうと生き残るなんて…」
わなわなと震える包丁。
その言葉も、この痛みも、何もかも理解ができなかった。
「…神子様は知らなかったんですよね?神子様が災害が起きているといった場所、被害は少なくできたけど、被害者は0ではなかったそうよ。怪我人は何人も出てたし、死者がでてることだってあった。いっつも、いっつも。"被害は最小限に抑えられました"って良いようにしか聞かされてなかったのよね?」
王家の従者さんが、冷たい笑顔でそう言う。
「何にも知らないのよね。中途半端な透視されてどれだけ傷ついて迷惑している人がいるのか。やたら駆り出される警備の人も、被害者も王子様も。…王子様は本当に不憫ね。他に綺麗な婚約者がいたのに、あなたが透視できたせいで男でも神子様と認めざるを得なくなっちゃったものね」
「……え?」
オレの他に婚約者?
最近は毎日だってそばにいるのに、お互いのことを話そうと言ったのに…そんな話は聞いてない。
嘘だろ。何かの間違いだ。
王子ことを考え始めた瞬間、目の前の刃物が上に動いた。
「……今度は、外さないから」
「うわぁぁぁ……!!!」
振り下ろされる刃物に、必死で身をひねる。
包丁がオレの体すれすれで床に刺さり、それを抜こうと女性が手こずっているうちに扉へ向かって走った。
バッとドアを開けると、オレと血を見て
「神子様!?」と部屋の前にいた護衛の人が驚いていたが、オレはその人さえも信用できなくてひたすら廊下を走った。
走って走って…
長い廊下は延々と続いていて、いったいどこが出口なのかもわからない。
「神子様!」
走ってるうちに、不運にも誰かの目の前へ飛び出してしまった。
怪我をしてない方の右腕をその人にぐっとつかまれ思わず身構えたが、その後何の衝撃もこない。
「神子様!どうされたんですか、その怪我は!?」
聞き覚えのある声に顔を上げると、それは見覚えのある従者の1人だった。
(この人…いつも王子の護衛をしている人だ…)
身構えていた力を抜き、周りを見渡す。
顔見知りに会えたということよりも、この人がいるなら王子が近くにいるはずだということに、安心感がわいた。
(王子…王子は…)
「……!」
周りを見渡すと、少し離れた窓際に王子はいた。
…だけど王子の隣には見たこともない美女がいて、王子はその女性に、ほほ笑んでいた。
(あの王子が、笑ってる…)
その光景を見て、さっきのあの従者の言葉が蘇った。
" 他に綺麗な婚約者がいたのに、あなたが透視できたせいで… "
「アラム王子!大変です!!神子様が!!!」
オレが呆然とつっ立っているのを他所に、護衛の人が王子を呼んだ。
「どうした…!?」
王子はこちらを振り向き、オレを視界に入れると、笑顔を引っ込めてこちらへ走ってきた。
王子と一緒にいた女性をぼんやりと見ていると、置き去りにされて寂しいなのか、オレの傷をみて痛々しく思ったのかはわからないが、悲痛な顔をしていた。
「なんでこんなところにいる?!なんだこの怪我は?!いったい何があったんだ!!」
珍しく何も聞かなくても話し出す王子。
だけども今オレは、そんなことよりも王子に聞きたいことがあった。
「…あの女性 が、王子の婚約者?」
「…!」
少し眉毛が上がった。
やっぱりほぼ無表情だからわかんないけど、オレが婚約者の存在を知ってることに驚いたのかもしれない。
「…どこから聞いたか知らないけど、親が勝手に決めた相手だ。オレの婚約者はお前だけだ。それより…」
「彼女が婚約者じゃないなら、オレだって婚約者じゃないだろ!」
話を変えようとする王子の言葉をさえぎって、大声を出す。
「…オレだって、国が勝手に決めた婚約者だ。王子がオレと結婚したくてなったわけじゃない。親が勝手に決めたから婚約者じゃないなら、オレだってそうだろ」
「…そうかもしれないけど…でも」
「でもじゃない!!」
そんな話をしている間にも血は止まらずに、どくどくと足元に血だまりを作っていく。
「…王子はなんでオレに何も言ってくれなかったんだ…」
「…それは…」
「自分に婚約者がいることも、オレの透視だって、大して役に立ってなかったことも…!」
「っそれは…!!」
王子は無表情なその顔をガバっと上げた。
「…やっぱり、王子は知ってたんだな。オレの透視がちゃんと詳しくできてないから、怪我人も死者も出てることも…」
何にも知らずに喜んでたのは、オレだけだったのか。
自分の馬鹿さ加減に涙が溢れる。
「…シン、でもっ」
「…オレのどこが神子なんだよ…何の役にも立たないし…役に立たないどころかみんなに迷惑かけてっ…王子だってオレのせいで他の人と結婚すらできない!」
「…違う、シン!」
「何も違わない…オレはこの国に来ないほうがよかったんだ…オレなんて、この国に必要なかったんだ…!」
「シン…!!」
オレが叫んだ瞬間、オレの立っている場所が壮絶な光を放った。
薄目で確認すると、オレの足元にはいつか見たような魔法陣があった。
「シン!待ってくれ!!お前は…っ」
光でかすんでいく中で、王子が初めてオレに対して無表情を崩した。
だけどオレは、そんな焦った顔じゃなくて…オレが見たかったのは…
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