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第3章 闇よりも黒き淵  *2*

 海賊船と言っても、ルナティスはそれほど小型の船ではない。  帝国が誇る艦船に比べれば小型と言って差し支えないが、個人所有としてはそこそこの広さを持つ航宙船だ。だから顔をあわせることのないクルーが、ひとりやふたりいたところでなんら不思議はないのだが……。  あの少年の姿がどこにも見当たらない。  ここ数日カシスが船内を隈なく見てまわったにも関わらず、ついぞその姿を探し当てることはできなかった。  ―――気になるのだ。  あの少年が何者なのか。なぜ海賊船に囚われているのか。  いや、囚われてなどいないように思えるから不思議なのだ。  軽んじて扱われているようには見えなかった。それなのに奴隷の首輪ははめられたままで。  穏やかな眸をした少年。  彼はこの海賊船を降りたいと思わないのだろうか? 「―――カシス」  名を呼ばれ、ハッと顔を上げる。  物思いに沈み手を止めていたカシスを、ウルフの眸が見つめていた。 「さっさと食べちまえ。お前を連れてく場所がある」  ウルフの視線にきつい色はない。柔らかいといっていい眸がカシスを見ている。 「……どこへ?」 「そいつは後のお楽しみだ」  いつもと同じに悪戯な表情を浮かべるウルフを上目遣いに見やり、カシスは返事もせず食事に戻った。  昼食時の食堂は割合に静かなものだった。酒が入る夕食時と違って騒々しさはなく、軽く摂るだけの食事でクルーたちの入れ替わりも激しい。  昼と夜の食事を自分と一緒に摂るようにと言いつけたのはウルフだったが、どちらかといえばカシスが彼を付き合わせる格好となっている。  食の細いカシスだが、帝国での暮らしの癖か食事に時間をかけてしまう。食事の量に反して食べる時間が、ウルフに比べ極端にかかってしまうのだ。  けれどウルフは文句を言わない。カシスが食べ終わるまで根気よく待っているのだった。  今もとっくの昔に食べ終わっているウルフが、カシスの食事が終わるのをじっと待っている。  最初の頃、カシスは自分の気のせいかと思っていた。  夕食時に酒が出てくれば食事にかかる時間はおのずと長引いたし、昼食時にしても食後の珈琲をのんびりと味わっている姿からはとてもカシスを待っているように見えなかったからだ。  違うと気づいたのはいつ頃だったか。  時折クルーの数人が食事中のウルフのもとへやってきて助言を仰ぐ。ウルフはテーブルについたまま話しこみ、決して席を立とうとはしない。  けれどカシスが食べ終わり食器を片付けてテーブルに戻ってみると、ウルフの姿はなくなっているのだ。  カシスがイスから立つと同時に、ウルフが立ち上がったこともある。  どんな時にもウルフは苛立った表情を見せなかった。たとえカシスがどれほどにゆっくりと食事を続けていたにしてもだ。  つい先刻の言葉にしても、ウルフにはカシスを急かす意図などまるでない。むしろ物思いに沈み食事が手につかなくなったカシスの意識を引き戻したに過ぎなかった。  けれどこの時に限っては、常と少し違うようにカシスは感じていた。  先刻のウルフの言葉に妙な高揚を覚える。  彼はどこへカシスを連れて行こうと言うのだろう。  カシスの中に予感めいたものが芽生えるが、それは決して嫌なものではない。ウルフの双眸がやけに意味ありげに見えるせいかも知れなかった。  別段急かしているわけではないはずのウルフの言葉に押されるようにして、カシスは常にない粗雑さで食事をかきこむ。  カシスが全て食べ終わったことを確認すると、ウルフはおもむろにイスから立ち上がった。

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