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第3章 闇よりも黒き淵  *3*

 カシスがウルフに連れてこられたのは、ライブラリーにほど近い船室の1つだった。  とりわけ狭苦しいというわけでもないが、さして広くもない部屋の中はこざっぱりと片付けられている。  壁際にベッド、中央に丸テーブルとイス2脚が配されただけの部屋だが、不思議と殺風景でなく落ち着いた空気を纏わせていた。部屋の住人が持つ柔らかな雰囲気が、部屋そのものの空気を変えていたのかも知れない。  ウルフに促されるまま部屋に入ったカシスは、そこにいた住人の姿に思わず声をあげそうになった。 ―――あの少年だ。  彼は優しく穏やかな空気を纏わせ、イスに腰掛けていた。  物静かな風情の幼い少年。  幼いといってもカシスより2つ3つ下といったところだろうか。この海賊船にあっては、確かに幼いとみて差し支えない年齢と言える。  丸テーブルの上に浮かぶホログラム(立体映像)を喰い入るように見つめている横顔は、微笑ましいほどの無邪気さだ。  室内に入ったウルフとカシスの気配に気づき、少年は振り向いた。  エメラルドグリーンの双眸が驚きに見開かれる。見る見る間に驚きは輝く笑みへと取って代わった。  イスを蹴倒す勢いで立ち上がり、真っ直ぐにウルフの元へ駆けてくる。  ウルフが少年へと手を差し伸べた。 「シア」  名を呼ばれ、嬉しそうに彼はウルフの腕の中へ飛び込んだ。  呆気にとられ立ち尽くすカシスに構わず、ウルフはそっとシアに耳打ちする。 「お望み通り連れてきてやったぜ。正真正銘、帝国の王子さまだ」  腕に抱きこんだシアの身体を反転させカシスの方へ向けさせたウルフは、悪戯な表情で片目を瞑って見せた。  カシスは驚きのあまり言葉も出ない。  まさかウルフ自身の手で引き合わされることになろうとは、思ってもみなかった。  黄金の髪と若葉色の眸をした少年。  探していたのだ。ブリッジで姿を見たあの時からずっと。  船内のどこにもその姿を見つけ出すことができなかったのは、この部屋に少年が閉じ込められていたからだろうか?  いや、それは違う。違うとカシスは断言できる。  無理矢理に閉じ込められていたのなら、少年がこれほど無邪気にウルフへ笑みを向けるはずがない。  親愛の情に彩られた笑みを鮮やかに浮かべた少年は、ウルフに促されカシスへと顔を向けた。邪気のない無垢な笑みはそのままに、いっそうの輝きが少年の双眸に宿る。  惜しみなく溢れるような憧れと賞賛の色。  純粋な好意に満ちた眸の輝きに囚われ、カシスは狼狽した。  好奇の視線に晒されることはままあったが、これほど真っ直ぐに憧憬と呼べる眼差しを向けられたことは、未だかつてなかったのだ。  気後れしたように動けないでいるカシスへ、ウルフが声をかけてくる。 「新しい仕事だ、カシス。しばらくこいつの相手をしてやってくれ」 「…………相手?」 「話を聞かせてやるだけでいい。どんな話だろうと構わない。同じ話をなんどしてもな。とにかく話を聞かせてやってくれ」 「どんな話でもいいって言われたって……」  カシスは困惑に顔を顰めた。  いきなり話を聞かせてやれと言われても、なにをどんな風に話していいのかも分からないではないか。  ウルフは僅かに肩を竦めてみせる。 「なんだっていいのさ。帝国の話、どこかの惑星の話、神話やありふれた与太話だろうと、なんだってな」  柔らかな仕種でウルフはシアの背をトンと押した。 「とにかく、こいつに話を聞かせてやってくれりゃあそれでいい。こいつは話を聞くのが好きなんだ。同じ話をなんどしても、繰り返し聞きたがる」  シアを前に固まってしまったカシスを置いて、ウルフは部屋を出ようとする。 「1つ言っておいてやるよ。シアの話好きは半端じゃない。数時間は離してもらえねーから、そのつもりで相手しろよ」 「相手って……? ウルフ!?」 「じっくり腰据えて相手してやれ、王子さま。―――じゃあな」  軽く振ってみせた手は、シアに向けたものだろう。  とっとと部屋を出たウルフを追うこともできず、カシスはますます困惑した。 「話し相手になれって……こと?」  こっそり呟いて目の前の相手を見る。  少年は静かに佇み微笑んでいた。

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