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第3章 闇よりも黒き淵 *12*
ワイヤー型タラップを使いコックピットを降りる。
床に足がつく寸前、襲いきた激しい揺れにカシスはタラップから振り落とされた。全身を床に叩きつけられる。
「グ……ウ……ッ」
痛みにカシスは呻きをあげた。
攻撃が激しくなっているのか、いくつもの爆音と立ち上がれないほどの揺れが続いた。
「俺が……いるからだ」
カシスは微かな声を洩らす。
「こんな処でぐずぐずしてるから、帝国も連邦も追ってくるんじゃないか」
カシスはきつく唇を噛んだ。
「役になんてたたないんだから、放り出せば良かったんだよ、ウルフ!」
格納庫中に叫びが響き渡る。
激しさを増す揺れによろめきながら、カシスは壁に手を付き立ち上がった。
「俺なんか囮に使って、逃げてしまえば良かったんだッ」
この白い船も海賊たちも、誰ひとり傷つくことのない安全な場所まで。
頭上に見えるガラス張りのコントロールルームでは、クルーたちが自分の体勢を立て直しながら必死に動きまわっている。
ひとりがエアーシップを降りたカシスに気づき、大きな身振りをしてみせた。危険だから格納庫を出ろと言いたいらしい。
まったく人が好すぎる。
カシスは小さな笑みを零した。
誰のせいでこうなったのか考えもしないのだろうか。
いやきっと、カシスのせいだなどとは考えたりしない。連邦が追うのも帝国が追うのも、海賊が海賊であるがゆえなのだ。
カシスは切なく笑う。
自分には死ぬほどの価値すらもない。
ウルフはきっと正しいのだ。囮に使うことなど無意味なのだと、初めから分かっていたのだろうから。
カシスは足をふらつかせながら格納庫を出た。
貨物室に入る。
激しい揺れにバランスを崩し、カシスは積み上げられたコンテナーに倒れ掛かった。コンテナーを背にずるずるとしゃがみこむ。
貨物室にクルーたちの姿はない。扉が閉められると完全に密閉された部屋となる。
カシスはもう立ち上がる気力もなかった。
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船体の揺れが収まり、攻撃を切り抜けたのだと知る。
カシスが身を投げ出さずとも、海賊たちは事態の悪化を喰い止める術を心得ているのだ。
カシスがどれほど足掻こうと、いつだって空回りでしかない。
誰かのために、なにかのために。
カシスはずっと思い描いていた。
自分がなにより大切に思うもののために生きたいのだと。
自分という存在を認めてくれる者に、持てる力の全てを捧げたいと。
コンテナーに背凭れしゃがみこむカシスは、力なく項垂れた。
カシス自身が持つ力などありはしない。
人質としての価値もなく、あるものと言えば王族の高慢なプライドだけだ。
打ちひしがれたカシスを嘲笑うかのように『それ』は訪れた。
眸を閉じ俯いたカシスの耳に、奇妙な音が聞こえてくる。
じっと耳を澄まして、始めて分かるほどの微かな『それ』。
姿もなくじわじわと『それ』はカシスに迫りつつあった。
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