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第3話

   *** 「ア、アカネ……一体どこまで行くのだ?」 「うっせーな、隠れる所が欲しいんだろ。つべこべ言うな」  二人は夜の道をひたすらに走っていた。フィオの、頭の後ろで結わえた白金色の髪が踊るように左右に揺れる。  王都を出るまでにもかなりの距離があったが、休憩もせずに走り続けるアカネの持久力には目を疑う。その小さな身体には、王宮で剣術の稽古に励んでいたフィオをも上回る体力が秘められていた。 「何を、そんなに…急いでおるのだ」 「言っただろ、兄貴が居るって。兄貴のためにも、これを早く持って行くんだ」  アカネは男性から奪い取ったパンの紙袋をぶらつかせる。 「なるほど。人の物を盗むのは褒められたことではないが……まだ幼いのに、兄想いで感心する――っ!」  急にアカネが立ち止まったので、フィオは咄嗟に勢いを弱められずに彼の背中に突っ込んでしまった。 「どうしたのだ、アカネ?」 「…レは……」 「何だ? 聞こえないぞ」  肩を振るわせて何かを呟いているようだが、声が小さくてフィオの耳まで届かない。  俯くアカネの正面に回り込んで、もう一度尋ねてみた。 「アカネ? 言いたいことがいるならはっきり――」「オレは子供じゃない! 人のことをガキ扱いすんじゃねーよ!!」  ぐわっと顔を上げて、怒りに震える声で叫ぶ。フィオが『幼い』と言ったことが気に障ったようだ。 「オレは来月で十六になるんだ。もう立派な大人だ!」 「今は十五ということか。私と三つしか変わらないではないか。私はまだ父上に大人として扱われたことなどないぞ」  以前、自分もラジオーグのために出来ることがしたいと父に申し出たことがある。もっと王政に関わりたい、学校で勉強しているから大丈夫だと。だが父は、フィオがまだ子供であることを理由に全く取り合おうとしなかった。  アカネのように、自ら大人だと言い切れるのが羨ましい。 「お前の親父(オヤジ)のことなんて知るか。もうオレを子供扱いするんじゃねーぞ」 「其方がそう言うのなら、もうやめよう」 「あともう一つ」 「っ!」  フィオの目の前で、人差し指がピンと立てられる。誰かに指をさされるのなんて初めてで、僅かに顔をしかめてしまった。 「……何だ」 「お前のその上から目線の喋り方が気に入らねぇ。オレの家に来たいのなら直せ」 「ぜ、善処しよう」 「今すぐ直せ!」  直せと言われても、昔からこの口調が当たり前だったので困る。どうすれば良いものか。 (私と同等の身分の者と話すようにすれば良いのか? 同等の身分、同等の身分……って、おらぬではないか!)  時期王位継承者であったフィオより身分が高いのは国王である父親のみ。低いのは、王宮に使える者を含むラジオーグの国民全てだ。  アカネの元に居させてもらうには、これをなんとかしなければならない。フィオはひとまず、学校の同級生や町行く人の会話を聞いた時のものを真似てみる。 「そな……き、君の言う通りにしよう。他にもわた、俺に気になるところがあれば、言うが良…言ってほしい」  フィオの拙い喋りに満足そうに頷くと、アカネは再び目的地に向かって走り出した。 「ま、まだ走るのか!?」 「休憩は終わりだ。早くしないと置いてくからな」  忙しない奴だと溜息をつきつつ、フィオは密かに口元を緩ませていた。口調を変えただけだが、“フィオ”に近付けたようで嬉しかったから。  いつの間にか辺りに外灯がなくなっていたが、月と星の光だけで十分だ。夜空が綺麗だと思うのは何年ぶりだろう。 (待てよ。外灯がない……?)  ふと気になって、フィオは自分を取り巻いている環境に目を向けた。  道幅は狭くでこぼこしていて、馬車が通れる状態ではない。その両脇には古めかしい木造の家がぎっしりと立ち並び、もう住民達は眠っているのか人の気配は無い。そこまで見てようやく分かった。  ここは、下流階級の者達が住まう街だ。

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