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第6話

 粗野な言い草にムッとしつつ、少しでも腹の足しになるものが増えたことに素直に喜んでしまう。せめてゆっくり、味わって食べようとパンをいつもの半分くらいの大きさにかじる。 「そういえば、二人はどうしてここに居るんだ? やはり十年前の独立戦争のせいか」  喋っていた方が食べる速さも落ちるのでは、と思って二人の過去について尋ねてみた。ただ純粋に、こんな場所に住むほどの事情が気になったせいもある。 「ラジオーグのお坊ちゃんは知らないだろうけど、ここは戦の前からあったんだ。今よりは小規模だったが、ラジオーグの貧しい奴らが集まって街のようなものを形成してた」 「戦の前からあったのか……知らなかったな」 「そんでイフターンが負けて、路頭に迷ったイフターンの奴らが流れ込んできたって訳だ。今となってはラジオーグ人も増えてきて、割合で言うと半々ぐらいだな」  レノルフェの話は、学校の授業や王宮でも聞いたことがなかった。特に上流貴族や王族は、貧民街をラジオーグの恥部だと考える者が多い。意図して隠されていたのだろう。  とはいえ、人より博識であることを自他共に認めてきたフィオは、密かに肩を落とす。 「レノルフェはこの辺りについて詳しいのか?」 「まあ、十三年も住んでるしな」 「そんなに長いのか。幼い頃から苦労してきたんだな」 「おい、同情とかするなよ。苦労したことも無いくせに」 「っ!」  なぜ、せっかく落ち着いてきたのに神経を逆撫でするようなことを言うのか。王子にもそれなりの苦労はあったし、何よりも今、この状況が苦しくないはずもない。 「ア、アカネは? アカネはいつからここに居るんだ?」  せめて気を紛らわそうと、話し相手を変えてみる。 「オレは五歳の時に両親に捨てられて。それからレノが、本当の兄貴みたいに優しくしてくれた」 「子を捨てる親なんているのか?」 「むしろここに居る子供はそういう奴らばっかりだ。親が捨てるか、先に死ぬか」 「……」  信じられない。  先立たれてはどうしようもないが、腹を痛めて産んだ子供を捨てるなんて残酷すぎる、と怒りさえ湧いてくる。 「でもその頃は、レノルフェもまだ子供だっただろう」 「ゲホゲホ、ああ。アカネと逢ったのは俺が九つの時だな。俺にも最初は母親がいたが、ここに来てすぐ死んじまって、仲間達と協力して暮らしてた頃だ」 「ここでは子供一人じゃ生きていけないから、互いに助け合ってたんだ」  二人は平気な顔をして淡々と話しているが、幼いのに大人の手を借りずに生活するのは過酷だったに違いない。 「でもレノは凄いんだ。子供の頃からレノの右に出る者はいなくて、喧嘩も強いんだぞ」 「そうなのか?」 「まあな。俺は読み書きと計算が出来るから、それだけでも上に立つには十分だ」  下流階級でも読み書きが出来る者は多くなく、主に親の影響が強い。貧民街ともなれば尚更だ。きっと亡くなった母親がレノルフェに遺してくれた唯一の財産なのだろう。 「レノは何でも出来るんだ。頭は良いし盗みも得意だから、よく貴族の家から宝石なんかを()ってきてたんだぜ」 「ほう……」  物騒な話だが、レノルフェの話題になるやいなやアカネが熱のこもった様子でフィオに迫る。 「王宮に忍び込んで金の燭台を盗んできたこともあるんだ。凄いだろ」 「なっ…あ、あれは其方の仕業であったのか!?」  つい持っていたパンを握りしめて声を荒らげてしまった。急に目の色を変えた自分に訝しげな視線が送られていることに気付き、フィオは咳払いをして気まずさを誤魔化す。 「んだよ、いきなり大声出して。喋り方も気持ち悪いし…ごほっ」 「フィオ、何か知ってるのか?」 「い、いや別に。王都で少し話題になってて」  とんでもない。王宮に泥棒が入ったなんて前代未聞な話、父が躍起になってもみ消していた。  二年前のことだ。宮殿の裏口を守っていた衛兵が鎧を奪われ、それを着て変装した者が盗みをはたらくという事件が起こった。もちろん王宮に侵入者が入った時点で大騒ぎなのに、屈強な兵士を倒して高価な品を掠め取り、しかも誰にも捕まらずに逃げたとなれば一大事だ。  王宮がてんやわんやになっていたのをフィオもよく覚えている。当時は盗賊の親分や力強い大男が犯人だと踏んでいたのだが、まさかこんな華奢(きゃしゃ)な青年だったとは。 「元からそういうのは得意だったけど、周りがふざけて『王宮に行ってみろよ』とか言うからやってみたんだ。そしたら思いの外上手くいってさ。あの燭台は高く売れたぜ」

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