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第7話
レノルフェの話に、わなわなと肩を震わせる。過度に反応すれば怪しまれると思い、押さえ込むのに必死だった。
「でもそれも昔の話だ。今は…ゲホ、こんな身体になっちまったしな」
さっきから気にはなっていたが、レノルフェはずっと乾いた咳をしていてパンも食べにくそうだった。こんな空気の悪い所で暮らしていれば無理もないが、気の毒になってしまう。
「だから、レノの代わりにオレが……」
「? 何か言ったか」
「えっ、いや…なんでもない」
「そうか」
アカネが何か呟いたようだが聴き取れなかった。本人もこう言っていることだし、大した話ではないのだろう。
残っていたパンの最後の一口を食べ終えた頃には、二人はもう寝る準備に入っていた。
レノルフェが再び寝台 に横になって壁側に身を寄せ、その隣にアカネが潜り込む。
「二人はいつもそうやって寝ているのか?」
「そうだよ。ただでさえ狭いのに、寝台 二つも置ける訳ねーだろ」
アカネは呆れたように言うと、フィオの足元をびしっと指す。
「あんたは床で寝てろ」
「ゆ、床!?」
床といっても、土がむき出しで地面とさほど変わらない。こんな固い所で身を休めろと言うことか? 冗談じゃない。
「絨毯 も無いようなところで寝られるか」
「絨毯? 笑わせるな。あんたはもう貧民街の住人なんだ。欲しいものが何でも手に入る暮らしは終わったんだよ」
「そ、そうだけど。さすがにこれは」
「ぐだぐだうるさいな、明日は早いんだからもう寝ろよ」
うざったい、といった様子で耳を塞いだアカネは干し草の寝台 に顔を埋 めてしまう。
(この俺が、地面で…寝るだと……)
冗談じゃない。こんな酷い扱いを受けたのは初めてだ。
――違う。彼らは自分に、追っ手から逃れるための場所を与えてくれた。それだけでも感謝すべきなのだ。
心の深層で起こる葛藤から抜け出せない。
「ゴホゴホッ、どうすんだ。寝ないのか?」
「寝るに決まっている。今日は疲れたから」
レノルフェの言葉が決め手となって、フィオはとうとう土の上に身を横たえた。
(冷たくて固い……氷のようだ)
昨日まで柔らかい寝台 で寝ていたのに。
いや、この程度で音を上げていたら貧民街での生活など、到底耐えられないはずだ。今までの自分が世界を知らなさすぎただけ。そう自らに言い聞かせ、フィオは腕を枕代わりにしてゆっくりと瞼を下ろしていった。
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