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第11話

「よおハンス」 「やあアカネ、こっちの店に来るのは久し振りだね」  王都の外れにある商店に案内され、中に入ると気の良さそうな青年が出迎えてくれた。アカネより十くらい年が離れていると見えて、商人らしくこざっぱりとした身なりだ。 「そっちの君は、アカネの連れ?」 「あー、訳あってうちに住むことになったんだ」 「へぇ。初めまして、僕はハンス。この店の主人(オーナー)だよ」 「は、初めまして……」  ハンスが柔らかく微笑みかけてきたので、フィオも僅かに頬を緩ませた。完全に笑えなかったのは、この店にどことなく怪しいものを感じていたからだ。狭い店内には受付を兼ねた勘定台(カウンター)と四人がけの(テーブル)があるくらいで、肝心の商品が見当たらない。看板も掛かっていなかったし、普通の民家と間違われてもおかしくないような店だ。  受付の奥にも部屋があるようだが、中は暗くてよく見えない。  この店主も信用しきれないと虫が知らせていたので、偽名でも言うのは控えておいた。  そんなフィオの心情が伝わってしまったのか。ハンスがおもむろに口を開く。 「こういうお店に来るのは初めてかい?」 「ああ。一体何を売っているんだ」 「知りたい?」  その時、ハンスの表情が妖艶な笑みに変わったのをフィオは見逃さなかった。背筋が冷えて声が出なくなり、その先を聞いてはいけないと全身が訴えている。  フィオはただ首を横に振り、拒絶した。 「そうだね。君はまだ裏の世界をよく分かってないみたいだから、知らない方が良いかも」 (裏の世界? 貧民街だけではないのか)  貴族や王族から『ラジオーグの恥部』と揶揄(やゆ)される貧民街こそが自分とは真逆の、正に裏の世界だと思っていたが、違うのか。  ここに来たことを後悔しかけた時、アカネが勘定台(カウンター)の上にフィオから切り取った髪を置いた。 「今日はこれを売りに来たんだ。すごいだろ、この銀髪」 「うわっ、もしかして君の? 銀髪が持ち込まれたのは初めてだよ」  よほど珍しいのか、ハンスが驚嘆の声を上げた。白金のように美しいと言われてそれなりに手入れもしていたのだから、売値は期待しても良いはずだ。 「銀髪なんて、王子様のくらいしか見たことないよ」  その言葉にぎくりとして、フィオは床に視線を落とす。 「王子様?」 「アカネは知らないかな。ラジオーグの王太子殿下も、こんな風に綺麗な銀髪なんだよ。ちょうど君みたいに」 「え……?」  顔を上げると、ハンスがこちらをじっと見つめていた。緊張のあまり、手に冷や汗が滲んでいる。  二人の目が合った瞬間ハンスが勘定台(カウンター)から身を乗り出して顔を近付けてきて、フィオは人知れず身体をおののかせた。 「君の眼も素敵だね。まるで翡翠みたいで――高く売れそうだ」 「!」  付け加えるように呟かれた言葉に我が耳を疑った。  この店が何を扱っているのか分かってしまいそうで、フィオは考えることを投げ出した。 「あまりからかうなよハンス。早く見てくれ」 「そうだったね、ごめんごめん」  ぱっと背中を伸ばして明るい表情に戻ったハンスは、髪を手にとって査定を始める。 「うん……十分に長いし触り心地も良い。全然痛んでないし、これはかなりの上物だね」 「ほんとか!?」 「もちろん。僕の眼は確かだからね。――ちょっと待ってて」  ハンスは懐から小さな巾着袋を取り出して、そこに入っていた硬化を勘定台(カウンター)に並べだした。 一枚一枚、滑らかな手つきで置かれていく硬化を二人は固唾を呑んで見守る。 「――この位かな」  やがて勘定台(カウンター)には、一枚ずつの金貨と銀貨、そして十枚の銅貨が並べられた。 「こ、こんなに出してくれんのか?」 「うん。少しだけおまけしておいたよ」 「ありがとうハンス!」 「アカネは大事なお客さんだからね。レノルフェにもよろしく伝えておいて」 「おう」  二人は随分仲が良さそうに話しているし、アカネがここの常連だということはその内容から明らかだ。こんな店に、何をしに来ているのだろう。 「じゃあなハンス、今日はありがと」 「うん、またね。連れの君も」 「あ、ああ……」  にこやかに手を振りながら二人を見送るハンスに、フィオもひらひらと手を振り返した。  ここがどんな店か知っていながらアカネもハンスも、また明日も遊ぶ約束をしたばかりの子供のように笑っている。  これが裏の世界に住む人間なのか。もはやフィオの方が異質である気さえしてきた。  表に出ると、空気がいつもより新鮮に感じられた。手の平で嬉しそうに硬化を弄ぶアカネは、(はた)から見たら小遣いを貰ったばかりの少年だ。

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