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第12話

「なぁ、あの髪はどんな人が買うんだ?」 「えっとー、かつらや人形職人とかかな。あ、でも銀髪は貴重だから愛好家の奴らが買うかもしれないぜ」 「……そうか」  人の趣味に口出しする気はさらさら無いが、さすがにこの時ばかりは気味が悪くなってしまう。軽くなった髪をいじっていたら、アカネに顔を覗き込まれた。 「元気ないのか? フィオにはまだあの店早かったかな」 「そんなことはない。大丈夫だ」  自分より年下の相手にそんな心配をされては体裁が保てない。強がっている訳ではないが、自然とそんな言葉が口をついて出ていた。 「だったら、この金で何か買ってこうぜ」 「そうだな。朝食もまだだし」 「朝食? お前、ちゃんと一日三食食わないと気が済まないのか」 「だって、それが普通じゃないか」  フィオが首を傾げると、アカネは深い溜息をつく。変なことでも言っただろうか。 「これだから貴族の坊ちゃんは……。貧民街の奴らにそういうこと言うなよ。一日一食すら食えないのが大勢いるんだからな」 「あ……ごめん。アカネ達もそうなのか?」 「まあ、オレ達みたいに盗みができたら何日も食べられない、なんてこと無いけど。でもオレだっていつも成功するとは限らないし、ゴミを漁る日だってある」 「腹を壊したりしないのか?」 「もう慣れたからな、オレは平気。フィオは分からないけど」  だんだん貧民街で生きていけるのか不安になってきた。数日後にはどこぞで野垂れ死んでいるかもしれない。そんな自分の姿が容易に想像できてしまって、余計に虚しくなってくる。 (いやいや、このままでは駄目だ。せっかく王宮から逃げ出せたのだから、貧民街でもちゃんと生きていかなければ)  暗く沈んでしまいそうだった気持ちを引き上げるために少しでもアカネと話そうとして、この先のことを訊いてみる。 「これから買い物に行くんだろ、どこに行くんだ?」 「でもその前に、これを両替しなきゃ」  そう言って、金貨を摘まみ上げてフィオに見せてきた。 「どうして両替をする必要があるんだ?」 「本当に何も分からないんだな。金貨出されたところで、下流の奴らに釣りなんか出せないだろ」  何も分からないのではなく、そこまで考えが及ばなかっただけだと言ってやりたかっただけだ。そう言ってやりたかったが、上流以上の暮らししか知らないフィオには説得力など無いだろう。  でも食パン一斤が銅貨五枚くらいだから、金貨など下流の市場で使うには高価すぎることはすぐに分かる。 「まさか、王都の両替屋へ行くのか?」 「そうだけど。王都は何でも揃ってるからな」  ここがラジオーグのどこよりも栄えているのは当然だが、人目に付かない所で行動したいフィオにとっては分(ぶ)が悪い。 「ほら早く行こうぜ」 「あっ――」  アカネは走り出すと同時にフィオの手を掴んでいく。ぐいっと引っ張られて前かがみになるが、無邪気に手を繋いでくれることに悪い気は起こらない。自分と同等だとして扱ってくれるのが嬉しかった。 (そういえば、母上以外の人と手を取り合うのは初めてだ)  昨日からアカネの背中を追ってばかりいたが、こうしていると彼がフィオを未知の世界へと導いてくれるのではないかと思えてくる。  人通りの少ない道を走り抜けると、やがて多くの商店が建ち並ぶ大通りに出た。  軒下(のきした)に日よけの布を張っただけの店舗の中に、一つだけ店先に商品が並んでいない家を見つけた。周りは薬種商や洋服屋、肉屋など一目で何を売っているか分かる店ばかりなのに。  アカネに連れられて近くまで来ると、そこは大きな枠だけの窓がぽっかりと口を開けた、三階建ての民家だった。閉ざされた玄関の戸には『両替』とかかれた気の看板がぶら下がっている。こういう商人はただの両替だけでなく、貿易の際に外国の貨幣を交換したりすることが主な業務だ。  二人がそばまで行くと、待ち構えていたかのように顎に(ひげ)を生やした男性が現れた。 「何だ子供二人か。何の用だ」 「これ、両替してほしいんだ」  アカネが金貨を差し出すと、店主は眉をひそめて窓枠に肘をつく。 「どうしてテメエみたいなガキが金貨なんて持ってんだ」 「ちゃんと自分達で稼いだんだよ、文句あるか。あとオレはガキじゃない」  店主の態度に、アカネも喧嘩腰になる。どうやら掠め取ってきたものだと誤解されているようだ。こんなみすぼらしい姿の少年が大金を持っているのだから仕方ないが、一触即発の空気にはらはらしてしまう。 「どうせどこかで拾ってきたんだろ。こざかしい奴め……」  男性はぶつぶつと不平を言いながら店の奥へと姿を消した。そしてすぐに灰色の袋を持ってきて無造作に窓枠に置く。

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