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第13話

「全部銅貨と両替したから持ってけ」 「ん」 「待てアカネ、中身を確認した方が良い」  アカネの手が袋を取る寸前でそれを制止する。さっきからこの店主の素っ気なさは気になっていたが、袋がやけに軽そうに見えたのだ。 「今は金貨一枚で銅貨二百枚分の価値がある。二百枚も入っていれば、もっと袋が膨らんでいるはずだ」  銅貨を突き返すと、店主は舌打ちをしてあからさまに嫌そうな顔つきになる。 「まったく、最近のガキは本当に生意気だな」 「なぜ金をくすねようとしたんだ」 「勘定(かんじょう)が出来るとは思わなかったんだよ。貧民街にいるようなただのガキに元から金なんて無いんだから、少しくらい良いだろ」 「な、なんだと!」  自分だけでなくアカネまでも馬鹿にする発言に、一気に頭に血が上る。 「身分が低いからと言って、そんなことが許されると思うのか!」 「それはこっちの台詞だ。テメエらあちこちの商店街で物を盗んでるだろ。金が無いからってそんなことされちゃ、商売にならないんだよ!」  (まっと)うに返されてぐうの音も出せなくなったフィオに、彼は更に追い打ちをかける。 「お前らみたいなのは迷惑だから王都に来るんじゃねえ! 金が無いなら物乞いでもしてろ」 「く……っ」 「フィオ、もういいよ」 「でもこのままじゃ」 「良いから!」  アカネは良くてもフィオは良くない。これは沽券に関わることだ。  悔しさのあまり、手に爪が食い込むほど強く拳を握り締めていた。 「……せめて等価の取引をさせてもらえないか? 彼らだって生きるのに必死なんだ」 「今回はバレちまったから仕方ねえが、もう来るんじゃねえぞ」  乱暴に言うと、店主は袋を持って店の奥へと入っていった。そしてジャラジャラとい音の後、大きな足音を鳴らしながら戻ってくる。先程よりも質量がある袋を見て、フィオはほっと胸をなで下ろした。 「ありがとう。もう貧民街の皆には盗みをしないように言ってみる」 「テメエ一人の力じゃ到底できないだろうが、せいぜい頑張るんだな」 「それはどうも。行こう、アカネ」 「うん……」  ずっしりと重い袋を受け取ると、二人は踵を返して両替屋を後にした。  アカネも巻き込む形になってしまったことを謝ろうとした時、周囲からひそひそと話す気配がした。何事かと辺りを見回すと、商店街にいた人達がフィオとアカネに蔑むような視線を送っていた。  汚い子、とか貧民街の子はずうずうしくて困る、といったフィオ達を罵る内容だ。  人通りが多い商店街なのに、二人の周りには見えない防壁があるかのように誰も寄ってこなかった。  あっという間に浮いた存在になってしまったフィオがまず感じたのは、(いきどお)りよりも困惑。  ――なぜ、こちらの事情も知らないのにそんな好き勝手なことが言えるのだ?  王都の皆も貧民街に行って、その厳しさを知ればいい。  そう言おうとした口からは、何の言葉も出てこなかった。つい昨日まで、フィオもあちら側にいたことに気が付いたから。  王宮の中から、貧民街どころか王都の限られた所しか見ておらず、庶民の暮らしなど知る由(よし)もなかった。一晩寝ただけでは分からないことも多いというのに、王都の人々の態度に嫌悪を示すのは自惚(うぬぼ)れかもしれない。  フィオはまだどちら側にもなりきれていない、中途半端な存在なのだ。 「なあフィオ、もう戻ろう」 「そう、だな」  アカネに促されて、その場を足早に去った。王都から出るまでの距離がやたら長く感じられる。来た時には気にならなかったが、二人が歩く先は岩で川の水流が左右に分かれるかのように人が避けていく。  彼らの、汚れた物を見るような視線はフィオの心にまで突き刺さった。 「アカネは、こういうのは嫌じゃないのか」 「別に何とも思わない。これが普通なんだからな」 「諦めるのか?」 「諦めるとかいう以前に、どうしたいとも思わない。オレ達はオレ達、あいつらはあいつらなんだから、違いがあって当然なんだ」 「当然、か……」  王都だろうと貧民街だろうとラジオーグにあることに変わりはないのに、なぜお互いに交わらないものと見なしてしまうのだろう。同じ国にいるのだから、金持ちの貴族が貧しい者に情けをかけて救うことも出来るはずだ。 (いや、これは国王の仕事だな)  そういえば、父は貧民街を支援する政策を(おこな)ったことがない。ラジオーグの恥部と考えるのなら、そこをなくせば良いだけの話だ。実行するのは口にするほど簡単ではないけれど、貧民の救済がラジオーグの発展に繋がることだってある。

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