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第14話

(父上は、貧民街などどうでも良いと思ってるのだろうか)  そうでなければとっくに行動を起こしている。フィオにも何か出来ればいいのだが、自分はもう王子ではない。そもそも父は王政に介入させてくれなかった。 (待てよ。俺はもう王宮の人間ではないから、父上のことは気にしなくてもいいのか)  王子として貧民街を救えないのなら、フィオ個人として動けば良い。出来ることを探せば良い。 「フィオー! 何してんだよ、こっちだろ」 「え? あ、ごめん」  考え事をしながら歩いていたせいで、三叉路(さんさろ)でアカネと違う方向に進みそうになっていた。  慌てて戻るが、アカネはフィオのことよりもあの両替商の男性が気になるようで。 「ったく、あのオヤジ絶対に許さねえ」 「まあまあ、今回は俺がいたから良かったじゃないか」 「うん……フィオは凄いな。昨日、王立学校の主席だって言ってたもんな」 「一応はな」  昨夜そんなことを口走ってしまった。学校に行けない者が多い中で、そんな発言は慎むべきだった。 「オレはレノに教わったから読み書きは出来るんだけど、計算がな……。もしかして今までも同じようなことやられてたのかも」 「レノルフェは計算までは教えてくれなかったのか?」 「オレが断ったんだ。文字覚えるのも凄く大変だったのに、同じ苦労はしたくないからな。オレ勉強嫌いなんだよ」 「でも今回のことでその大切さが分かったんじゃないか? 俺なら教えられるぞ」 「……また今度な」  やんわりと断られ、アカネの意志の強さを知る。文字を覚えるより数字を覚える方が楽だと思うのだが。 「でも、勉強が嫌いだからと言っても、また痛い目を見るのはアカネだぞ」 「別にいい。これからはフィオがいるから」 「え……?」  これは、アカネに頼られているということで良いのだろうか。必要なことをやらせるのは大切だが、引っ張ってもらってばかりだった相手に求められている気がして、心の奥でひそかに浮かれてしまう。 (駄目だ駄目だ。王宮を出てから、冷静でいられる時間が短くなっている)  いつでも落ち着いていることが取り柄だったのに次々と新しい感情が生まれてきて、それに振り回されてしまう。 (落ち着くんだ、俺。浮かれすぎるなどらしくないぞ) 「ふぅ……」 「何してんだ、フィオ」 「べ、別に何でもない」 「そうか? ならいいや。行くぞ」  二人は王都を出て、貧民街へと戻っていった。その途中、来る時にも通ったあの市場で買い物をした。アカネが、たまにはレノに良いものを食べさせたいと言うので、栄養があるといわれる林檎を薦めた。それを買って嬉しそうに微笑むアカネの横顔をずっと見ていたことには、フィオ自身も気が付いていなかった。 「ただいまー」 「ただいま……レノルフェは居ないのか?」 「そうみたいだな。どこに行ったのかはオレにも分かんないけど、よく家を空けてるんだ」  先に小屋の中へと入ったアカネは奥から小さな壺を取り出してフィオに見せつけた。 「これ、オレ達の貯金箱だからな」 「貯金しているのか? 感心だな」  いくら貯まっているのだろうと中を覗き込むが、見えたのは空っぽの壺の底。 「空じゃないか」 「先月使い切っちまったんだよ。つっても、ここに金が入ってることの方が少ないけどな」  きっと、金が無い間は物を盗んだりゴミ捨て場から食べられるものを拾ったりしていたのだろう。  フィオならば一週間ともたなさそうなのに、そんな暮らしを一ヶ月も続けていたなんて。 「んじゃ、その金入れて。これは三人のものだからな」  両替してもらった金はずっとフィオが持っていた。全て壺に入れるが、二百枚ともなるとすぐに一杯になってしまう。 「うわ…こんなにたくさんの金が手に入ったの、何年振りだろ」 「その時も何か売ったのか?」 「オレの髪をな。黒髪は人気があるから、銀髪の次に売れるんだ」 「だからハンスとも顔見知りだったのか」 「まあ、ね……」 「違うのか?」  気まずそうに目を反らされて、アカネの顔色を伺う。何か意図するところがない限り、そんな鬱々とした表情にはならないはずだ。 「それもあるけど、言えない」 「どうして」 「言ったら多分――フィオに嫌われる」 「アカネ……?」  あの店に関係があって、嫌われるようなこと。想像もつかないが、フィオがアカネを嫌いになることはない。だって、こんなに親しげに接してくれるのはアカネが初めてだったから。  ――アカネを嫌うだなんて、絶対にしない。  と、喉元まで出かかっていたのに。不意に外からあの咳が聞こえてきた。二人の会話はそこで途切れてしまい、小屋に入ってきた人物に目が向けられる。

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