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第15話

「レノ!?」 「レノルフェ、大丈夫か」 入り口の布をくぐってきたレノルフェは覚束(おぼつか)ない足取りで、昨日より呼吸が苦しそうだった。出先で体調を崩したのだろうか。 「ッ、ごほごほっ…別に…大したこと、げほ…ねぇよ……」 「大事(だいじ)ないようには見えないぞ」  肩を貸そうとしてレノルフェの背中に手を回す。すると彼の体温は高く、汗ばんでいるのが伝わってきた。 「熱があるんじゃないのか?」 「おい、勝手に触んな」  額に手を当てて自らの体温と比べてみると、レノルフェの方が数段熱く感じた。 「フィオ、どうなんだよ」 「ずいぶん熱が高いな。ただの風邪だと思うが……」  元々弱っている身体でどんな無茶をしたのか知らないが、今は彼を休ませることが第一だ。アカネにも手を貸してもらってレノルフェを寝台(ベット)に寝かせ、すぐに水を汲んでくるよう頼んだ。  これだけ汗をかいているのだから、飲んだり身体を拭いたりできるようにたくさん持ってきてくれと言うと、アカネは水桶を持って小屋を飛び出した。 「まったく、こんなになるまで何をしていたんだ」 「……お前ごときが、ゲホッ…説教かよ」 「説教をするつもりはない。自分の身体を気遣ってほしいだけだ」 「ハッ、昨日会ったばかりの奴に心配されるとはな」 「笑い事ではない。もし肺臓(はいぞう)(やまい)だったら治らないかもしれないんだぞ」  近年、王都の医師達が様々な病気について研究している。新しい薬の開発にも精を出しているが、未だ肺臓の病は不治のものが多い。  研究には金も時間もかかるので、中々成果が出にくいのが実情だ。 「ただの風邪じゃねぇのかよ」 「俺は医者じゃない。医術は少しかじっただけだから、確信は持てないんだ」 「ならどうして風邪だと言ったんだ」 「……ア、アカネを不安にさせたくはないだろう。レノルフェは弟に余計な心配をさせたいのか?」  すぐに答えられなかったのは、あの時真っ先にアカネのことを考えていたからだ。目先の病人よりも、彼に気を遣ってしまった。  胸の奥がもやもやしている不快感を、こうしてレノルフェに詳しい話をしているのだから良いだろう、と正当化してしまう。 「――ふーん。ま、それもそうだな」  やや間があって聞こえたレノルフェの掠れた声が、耳にこびりつく。わざとらしい言い訳に聞こえてはいないだろうかと冷や冷やしながら待っていると、しばらくしてアカネが息を切らして帰って来た。 「レノ、フィオ! 水持ってきたぞ」  走っている間に溢れてしまったのだろう。アカネの服は腹の辺りが濡れていて、水も桶の半分くらいしか入っていなかった。それだけレノルフェが想われているという証拠だ。 「まずは水分を摂った方が良い」 「ほらレノ、これ飲んで」  アカネが水の入った椀を差し出すと、レノルフェはそれを一気に飲み干した。喉が渇いていたのだろう。 「どうする? しばらく休むか、何か食べるか」 「いい。――ごほ、げほげほ……休んでる」  干し草の寝台(ベット)で身体を小さく丸めたレノルフェは、すぐに眠りに落ちてしまった。よほど疲れていたのか、ずいぶん深く寝入っている。 「ひとまず落ち着いたな」 「レノ……大丈夫だよな?」 「きっと大丈夫だ」 (俺がどうにかしてみせる。何かあったら、薬草でも摘んでくればいい)  朝に連れて行ってもらった川の対岸に草が生い茂っていたから、咳止めの薬草くらいは見つかるかもしれない。 「フィオ、オレに出来ることはないか?」 「そうだな……」  今思いつくことといえば、熱を下げるために濡らした布を用意するくらいだ。 (あ、貧民街を案内してもらうの、忘れていたな)  ふと思い出したが、そんないつでも出来ることよりレノルフェの容態の方が大切だ。またの機会に頼むか。あるいは、ここで暮らしているうちに案内無しでも街を自由に歩き回れるようになっているかもしれない。  フィオは、さっきからそわそわと落ち着きのないアカネにそっと微笑みかけて、彼の心配に及ばないことを伝えたのだった。

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