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第18話

「羊皮紙は職人が作っているんじゃないのか?」 「ここで原皮(げんぴ)を取って職人に売るんだ。さっきの人達はそれで収入を得ている。――やりたがる奴なんて殆どいないけどな」  あの樽に入っていたのは、革になる前の皮だ。ひどくおぞましいものを見てしまった気がして、今更になって身体が震えてくる。 「貧民街にはあんな所がたくさんある。フィオには見せたくなかったのに勝手にどっか行っちまうんだから、自業自得だ」 「まさか、今まで俺をああいう場所へ連れて行かないようにしてたのか?」 「だってあんなの見たら、フィオ、帰っちゃうかもしれないじゃんか」 「か、帰るだって?」  話が跳躍しすぎてはいないだろうか。フィオの方からここに居たいと言い出して、行く当てがないことも伝えてあるのだから。 「オレ……フィオが来てくれて、嬉しかったんだ」 「うれ、しい?」  突然の告白に頭がついていけない。出会ってすぐはむしろ迷惑がられていると思っていた。フィオが借りを作らせるようなことをしてしまったから、やむを得ず小屋に連れてきたものだとばかり。  それを言うと、アカネは居心地が悪そうに目を反らす。 「うーん、最初はそうだったけど。でもレノに、フィオの面倒はオレが見ろって言われて、いつも守られる側だったオレにも守らなくちゃいけない人ができた気がしたんだ」 「だからアカネは、そばを離れるなと言ったんだな」 「うん。お前貧民街のこと何も知らないだろ? 余計にほっとけなくてさ。あと結構馬鹿だし」 「そ、それを言えばアカネだって、俺からすればまだ子供だから心配に思ってるんだぞ」 「はあ!? オレは子供じゃ……」  その瞬間、二人の視線がぶつかった。隣に座っているのだからいつ目が合ってもおかしくないのに、次の動作を忘れてしまったかのように固まった。  二人の間に訪れた沈黙は、フィオがふっと噴き出したことで破られる。するとアカネも、堪えきれないといった様子で快活な笑い声を上げた。 「あはははは。オレ達、お互い様だな」 「はははっ、そうだな」  気が付けば不快感も頭痛も消えていて、互いに屈託のない笑顔を零すばかり。  王宮にいた時に、こんなに笑ったことがあっただろうか。身分を気にせず、面と向かって同じ感情を共有できる。  庇護(ひご)欲をかき立てられるような華奢な少年は、いつしか特別な存在に変わっていた。 「アカネ、俺はまだ貧民街を回りたいんだが」 「まだ行くのか? さっきのに懲りたならいい加減帰ろうぜ」 「それじゃ駄目なんだ」  この数日貧民街の暮らしを経験してきて、その不便さは身に染みて感じていた。王都での生活がどんなに楽だったことか。そして、二つの間には格差がありすぎる。自分はもう王子ではないが、ラジオーグに住む者がこんなに苦しい日々を送らなければならないことに少なからず責任を感じていた。 「俺は貧民街の人達を助けたい。だからもっと良く知りたいんだ」 「助けるって、何するつもりだよ」 「それをこれから探しに行くんだ。貧民街の、隅の隅まで」 「でもフィオ…帰りたくならない?」 「ならないさ。ここにいると決めたから、助けたいんだ」  信じてほしい。自分の言葉が嘘ではないことを。そこに宿る意思が、何よりも固いことを。  フィオは真っ直ぐに、アカネの焦げ茶の瞳をじっと見つめた。 「――そこまで言うなら……ついてこい」  すっと立ち上がったアカネの背中は大きくて。もしこの先辛いことがあっても、アカネが隣にいれば耐えられるような予感がした。

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