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第21話(第4章)

「じゃあ少し出てくる」 「ごほごほ…おー、行ってこい」  翌日、アカネは用事があると言って先に出てしまったので、フィオは一人で小屋を出た。  今日は昨日とは打って変わって、澄んだ空と裸の太陽が清々しい陽気だ。 (父上には屈しない。俺は俺のやり方で、貧民街を変えてみせる)  具体的な方法を決めた訳ではないが、困っている人がいたら片っ端から手を貸すつもりだ。  勇んで一歩を踏み出そうとした時、横から三人の子供達がもの凄い勢いで駆けてきて、その内の一人がフィオの目の前で派手に転んでしまった。 「きゃあ!」 「だ、大丈夫か」  フィオはつんのめった少女の手を引いて立ち上がらせる。 「遊ぶならもっと広い所にしたらどうだ」 「遊んでたんじゃないもん。これからお仕事なんだよ」 「仕事?」  少女がぷくっと頬を膨らませていると、転んだ彼女を置いて先に行っていた他の二人が戻ってきた。皆手に麻の袋を持っている。 「おーい、そんなとこで何してんだ」 「あれ、お兄さんだぁれ?」 「前からここに居たっけ」 「分かった! 新入りね」 「い、一遍に喋るな。ややこしい」  フィオにだって訊きたいことがあるのに、こうもごちゃごちゃと話しかけられては頭が混乱する。ここに来るまで十近くも年が離れた子と関わることなんてなかったから、接し方がいまいち分からないのだ。 「俺はフィオ。一週間ほど前からレノルフェとアカネの元で世話になっている」  自己紹介はこれで良いのだろうか。子供相手に詳しい事情は話すまでもないと思って最低限のことしか言わないでおいた。が、これが予期せぬ展開に繋がってしまう。 「レノルフェ!? おにーさん、何者だよ」 「それはどういう意味だ」 「お兄さんすごーいって言いたいんだよ」 「すごい……?」  レノルフェの名前が出てきただけで、子供達の目の色が変わった。体調が悪くなる前は彼が貧民街を仕切っていたとは聞いていたが、そんなに支持を集めていたとは。 「あの人、本当にすごいんだ。おれ達イフターン人はみんな尊敬してる!」 「レノルフェはイフターンの生まれだったのか?」 「そうだよ。あたしお母さんに聞いたんだけどね、あの人が貧民街にいた悪い人達をこらしめてくれたんだって。そのおかげでね、今はみんな仲良しなの!」 「へぇ……」  そうか、皆がレノルフェを特別扱いする理由が読めてきた。  ここは元々ラジオーグの貧しい者だけが住む、小さな街だった。それが独立戦争の被害に遭って行き場をなくしたイフターン国民が押し寄せた。それを先住民が良く思うはずもない。きっと、両者の間で衝突があったのだ。 (そこに、戦の前からここに住んでいたイフターン人のレノルフェが仲裁に入ったということか)  彼が尊敬されるのも納得だ。  貧民街の規模は王都の五分の一に満たないとはいえ、この大勢の人を統(す)べるのは一筋縄ではいかない。若くしてそれを可能にしたのは、レノルフェに優れた資質があるからだろう。  彼の“上に立つ”才能には妬けてしまう。 (あ、レノルフェがイフターン人ならば、なぜ戦争の前からここに居るんだ……?)  よくよく考えると、レノルフェの正体は謎に包まれていて彼のことは殆ど知らない。今の今まで、ラジオーグ国民だとばかり思っていたくらいだから。 「でもなー、アカネは駄目だな。レノルフェと同じようになんて出来ないよ」  フィオの思考が、そこで一旦途切れる。  今、アカネの悪口が言われた? 「アカネの何が駄目なんだ」 「だってよそ者におれ達の街を仕切られたくないだろ」 「そうそう。ラジオーグ生まれだって言ってるけど、ぜったいに違うよね」 「あの髪と眼の色じゃねぇ」  要はアカネの見た目の問題ということか。確かに彼はこの辺り、いや近隣の国まで探しても見ない顔だ。だが彼の、艶やかな黒髪も大きな焦げ茶の瞳も綺麗だとフィオは思っている。それに、あの小さな身体で必死にレノルフェの代わりを務めようとしているのだ。  アカネがレノルフェの代わりに精を出しているということは、彼が貧民街のことを想っている証拠。この一週間、アカネを一番近くで見てきたから断言できる。それを、何も知らない者が偏見だけで悪口を言う権利などない。 (なんて、子供相手に本気になるのも大人げないか)  そうでなくても、この気持ちをどう表現すれば良いのか分からなくてフィオは出かかった言葉を呑み込んだ。  だって、こんな感情を抱くのは初めてだから。  言われているのはアカネの方なのに、まるで自分のことのように悔しい。ぐっと拳を握り締めていると、不意にその手を子供達に取られた。 「ねぇ、こんなことしてる場合じゃないよ」 「そうだった。早くしないと今日の分無くなっちまう」 「お兄さん暇でしょ? 手伝ってよ」 「勝手に決めつけるな――って、おい!」  抵抗する間もなくぐいぐいと腕を引っ張られて、フィオは前のめりになりながら彼らの後をついていく。もしかして、さっき言っていた“仕事”に向かうのだろうか。こんな小さな子がどんな場所で働くのか、想像もつかない。

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